鍵和田秞子『火は禱り』(2019年9月/角川文化振興財団)

著者 鍵和田秞子
タイトル 火は<ruby><rb>禱</rb><rp>《</rp><rt>いの</rt><rp>》</rp></ruby>り
出版年月/出版社 2019年9月/角川文化振興財団 受賞回[年] 35回[2020年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九三二年、神奈川県生まれ。お茶の水女子大学卒業。六三年、『萬緑』入会、中村草田男に師事。七七年第一句集『未来図』で俳人協会新人賞受賞。八四年に俳誌『未来図』創刊、主宰。二〇〇二年大磯鴫立庵第二十二世庵主。〇六年句集『胡蝶』で俳人協会賞受賞。一五年句集『濤無限』で毎日芸術賞受賞。俳人協会顧問。

[受賞のことば]
  小学生の頃「胡蝶」を名乗り、防空壕では『方丈記』を読んでいました。俳句は学生時代より。後年、西行ゆかりの大磯鴫立庵の庵主に就き西行から芭蕉、さらに近代俳句へと流れる細い一筋の風雅の誠を継承し、無常観がさらに深く心に刻まれました。東日本大震災の惨状は戦争末期の焦土や死者と重なり、再び哀しみに向かい合うことになりました。『濤無限』とこのたびの『火は禱り』でも戦時詠と鎮魂の句が多くを占めています。このような句集にご注目くださり、推挙してくださった選考委員の皆様に心より御礼を申し上げます。

[作品抄出]

元朝の濤うねり来るいのちかな

八十路には八十路の禱り初御空

雪原や純白といふ永遠 とは の色

西行忌歩けぬ木々は葉を鳴らす

あぢさゐや部厚き辞書を繰る少女

万緑の句碑に歳月積りけり

万緑の池も万緑師はいづこ

鰯雲戦時に振りし紙の旗

未来あり澄むにいちづの冬泉

戦経て平和経ていま杜鵑花 さつき の朱

緑鳩 あをばと よ怒濤の秋を見に行かむ

寒牡丹白なれば雪恋ひにけり

薄氷を踏み割り戦時の少女たり

ある時は春の怒濤や山家集

炎天の城は凜たり草田男忌

雲湧けば雲の重さよ原爆忌

いのちあるものは動きて氷湖かな

竜の玉探す生涯ものさがす

東京はガラスの器春日落つ

夏の月焦土の色は彼の世まで

敗戦の焼け跡の野も灼けてゐし

叡山の葛湯を溶けばしぐれ来る

霜月は怒濤の雲と来たりけり

開戦日雲無き空をふと恐る

つばさなき物も飛ぶ世ぞ注連飾

あらたまの濤こそよけれ父母のこゑ

冬桜尋ね当てたる淋しさよ

震災戦災火のいろ血のいろ落椿

金魚掬ひあれは戦時のいのちの炎

帚木にたましひの紅ありにけり

いのちとは水を欲るもの原爆忌

秋風やからくれなゐは耐ふる色

あけぼのの霜月の富士わがいのち

火は禱り阿蘇の末黒野はるけしや

千年杉の影の濃き日よ西行忌

(掲載作選出・大串章)

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