著者 | 花山多佳子 | ||
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タイトル | <ruby><rb>鳥影</rb><rp>《</rp><rt>とりかげ</rt><rp>》</rp></ruby> | ||
出版年月/出版社 | 2019年7月/角川文化振興財団 | 受賞回[年] | 35回[2020年] |
分野 | 短歌部門 | 分類 | 作品 |
[略歴]
一九四八年、東京都生まれ。六八年「塔短歌会」入会、選者。河北新報歌壇選者。歌集『木香薔薇』で斎藤茂吉短歌文学賞、『胡瓜草』で小野市詩歌文学賞を受賞。歌集に『空合』『春疾風』『晴れ・風あり』、歌書に『森岡貞香の秀歌』など。
[受賞のことば]
日常の身のめぐりのことを詠みながら長い歳月が経ちました。近年は「日常」という言葉が得難く思われるほどに損なわれる災害が続き、今は新型コロナウイルスが大きな影を落としています。そんな状況の中での今回の受賞はとてもありがたく、そして重く受け止めています。
短歌は危機的な状況になると、リアルを捨象した言葉で超越的になりやすく、警戒すべき様式です。沈黙や受動態ということも表現のなかに含めて「詩歌文学」というものの豊かさ、多様さの、ささやかな一端でありたいと、改めて思っています。選考委員の方々に心よりお礼申し上げます。
[作品抄出]
春雪の気化する街路けぶりつつ生者は薄く亡き者は濃き
かがやきの欠けてゆくとき生なまと月球はあり盛りあがる闇
この世界に残つた人類のカプセルのやう日赤新生児集中治療室
新生児のベッドの間にやをら坐りて看護師さんがパソコンを打つ
ネパールの三人住む部屋、老女ひとり住む部屋、間に娘が赤ちやんと住む
掘割の排水孔は春すぎて去年の枯葉を
飛ばぬやう日傘の布を押さへつつきのふの歩みの中へ入りゆく
眠る娘に乗りあげてゐる赤ちやんがふりむきざまに吾に笑へり
投票に並ぶかたはら校庭の除染の土の袋が並ぶ
暮れ二十八日つひに閉店の本屋に入りてカレンダーを買ふ
管理組合広報の隅に書いてあり絶滅するまで猫を処分すと
「さびしいが一人がいちばん」老人会七夕の短冊に書いてありたり
その母のあたま撫づれば幼子は髪ふり立てて泣きはじめたり
二十世紀梨の実切れば去年より芯の固さがひろがつてゐる
豪華列車ななつ星号に小旗ふり見送る人らに何のよろこび
ななつ星号のタラップに立ち人々に手をふる人らに何のよろこび
刑務所の面会のごとしパソコンの画面の息子と言葉を交はす
女の人の入りたる獅子は舞ひ終へて力なく児のあたまを嚙みぬ
藤棚にひとふさ垂るるむらさきは垂直に虻を引き寄せていく
はがき三枚投函してきてことさらに人とつながる思ひのしたり
シーソーに跳ねあがりては見下ろしぬ 娘と子どもの笑ひを一つに
シーソーは see と saw との繰り返し恍惚として疲れてゆけり
「オモチカエリデスカ」「ピッ」と言ひつつ幼子は吾の背中に何か押し当つ
牢愁の秋の月見ゆマンションに塗装工事の足場組まれて
幼子の入れる熱さとよろこべば「ぬるい」と湯より老いの声する
チェーン店は鎖の店と思ふなりブラックバイトの記事よみながら
美しい女医さんに「お昼は食べました?」と訊かれて少しみじめになりぬ
おばあさんが下枝引つぱるその上にかずかぎりなく垂るる柚子の実
「暮らす」とは「暗くする」の意 はたらいてみづからが日を暗くすること
濁りふかき池に小石のおとされて浮上してくる黒き鯉の背
(掲載作選出・松平盟子)