岩淵喜代子『穀象』(2017年11月/ふらんす堂)

著者 岩淵喜代子
タイトル 穀象
出版年月/出版社 2017年11月/ふらんす堂 受賞回[年] 33回[2018年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九三六年、東京生まれ。一九七六年『鹿火屋』入会。後に『貂』創刊に参加して川崎展宏に学ぶ。現在同人誌『ににん』代表。第二句集『螢袋に灯をともす』俳句四季大賞受賞。評伝『頂上の石鼎』埼玉文芸賞受賞。考察『二冊の鹿火屋』俳人協会評論賞受賞。日本文藝家協会会員。

[受賞のことば]
  第一句集『朝の椅子』の後書きに、(身体に合わない服を着ているような気持で俳句にかかわっていた)と書いていた。振り返ってみれば、今回の第六句集『穀象』は、それから三十三年の月日を経ていた。これまでの句集よりは、少し納得できる一集になったことだけは自覚していた。その句集で、この大きな賞を頂けたことは何より嬉しい事でした。『穀象』を選んでくださいました三人の先生方、そして、この賞を企画された多くの方々にお礼を申し上げます。最後に句を作る場にいつも同行してくれた『ににん』の仲間に感謝します。

 
[作品抄出]

穀象に或る日母船のやうな影

ぎしぎしの花にも葉にも雨強し

生きてゐるかぎりの手足山椒魚

半分は日陰る地球梅を干す

夜光虫の水をのばして見せにけり

水着から手足の伸びてゐる午睡

帰省して己が手足を弄ぶ

草笛を吹くたび開くわが翼

麦秋や祈るともなく膝を折る

百歳のはじめは赤子草いきれ

みしみしと夕顔の花ひらきけり

虹を見に路地を出てゆく漢かな

びしよ濡れの牛が生れぬ炎天下

葉先より揺れはじめては葦青し

人類の吾もひとりやシャワー浴ぶ

竿灯の押し上げてゐる夜空かな

極楽も地獄も称へ盆踊

水を出て水より重き新豆腐

一斉に二百十日の箸を持つ

菱の実をたぐり寄せれば水も寄る

ひぐらしや抱けば胸に貼りつく子

曼珠沙華八方破れに生きるべし

満月や雫のごとく猫坐り

何の実か火種のごとく透けてゐる

ストーブの唸るやふたご流星群

引力の及ばぬものや綿虫は

冬桜ときどき雲の繫がれり

どこからか冬至南瓜を出してきぬ

くらやみのごとき猟夫とすれちがふ

荒海の続きに蒲団敷きつめる

硝子戸に集まつてくる春の雲

揺れてゐるおたまじやくしの尾が淋し

神棚の下に踏み台雁帰る

飛花落花そのひとひらの赤ん坊

人の輪の真中に子猫啼いてをり

(掲載作選出・高野ムツオ)

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