以倉紘平「詩の原点―魂の<ruby><rb>言葉</rb><rp>《</rp><rt>コトバ</rt><rp>》</rp></ruby>」

著者 以倉紘平
タイトル 詩の原点―魂の<ruby><rb>言葉</rb><rp>《</rp><rt>コトバ</rt><rp>》</rp></ruby>
出版年月/出版社 - 受賞回[年] 33回[2018年]
分野 詩部門 分類 選評

  受賞詩集は、現代詩特有の修辞に飽きた私には新鮮だった。決して言葉巧みではないが、この詩集には、詩の原点というべき魂から発する深い言葉がある。これまでの詩は、愛する人を亡くした深い悲しみをうたいあげて、読者を感動に導くことはできた。しかし、悲しみが、死者と生者を繫ぎ、いかに生者の人生に、生きる意味と歓びを与えるかについて、思いを深めるということはなかった。この詩集は、抒情詩ではなく、その意味で、一種の哲学詩といってよい。愛する人が、この世からいなくなる。生者は、取り残され、孤独になり、悲しみのあまり言葉を失う。〈語り得ないことで/満たされたときに/人は/言葉との関係を/もっとも/深める〉と作者は書く。長い沈黙を潜って、生まれた言葉こそ詩であり、魂のコトバだ、と作者は語る。魂から生まれたコトバは、作者自身の言葉なのか、死者の言葉なのか、作者は思索を深めていく。コトバとは何か。本詩集は、哲学詩であると同時に、斬新な詩論であると言ってよい。作者は、しかし、詩論を必要とする〈詩人〉を特に読者に選んでいるわけではない。作者が話したかったのは、同じ深い悲しみを背負って、この世を生きる他ない人間に対してである。
〈あなたがくれた/もっとも大切なものは/かなしみ〉。〈かなしみは/生者と死者が/出会う場所/悲愛という名の/楽園〉。〈嘆き/呻き/涙して/言葉を失ったところで/ようやく/死者たちの/語らざる声に気が付く〉。〈身を裂かれるような/悲傷のなかでお前は/美も愛も 真の一端さえも/はじめて知ったのではなかったかと〉。
  このような直ぐな言葉は、悲しみを抱えて、嘆き、呻くひとに、ストレートに届いて、おおいなる覚醒をもたらす。〈美も愛も 真の一端さえも〉生者は愛する死者によって教えられるというのである。生者は死者と共にあるのだ。
  選考に臨んで、蘇ってきた言葉がある。それは、故井上靖氏が詩歌文学館賞を設立されるにあたって現詩歌文学館・館長の篠弘氏に語られたという現代詩への深い憂慮の言葉であった。「先生は現代詩の現況に懐疑的でした。『詩は難解過ぎますね。独りよがりの表現で、読者層を狭めています。本人だけが新しがっている』と」。故吉本隆明氏は、1978年『戦後詩史論』で、「わが国の戦後詩は生活の現実の場それ自体に〈意味〉をうしなったところから発している(……)現実の場から修辞的な場へ〈意味〉を移しかえようとする無意識の願望」があると分析し、2012年『日本語のゆくえ』で、さらに深刻化するこのような傾向に対して、詩集の中味は〈無〉だと痛烈に批判した。
  詩の原点は、修辞ではない、魂のコトである。『見えない涙』は、見えないいのちのうたである。人間という生物は、生と死の融合、交錯する玄妙な命を生きていると、作者は語る。本詩集は〈かなしみ〉を深めて、人間の命の核心に到達した前例のない哲学詩である。

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