著者 | 安永蕗子 | ||
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タイトル | 青湖 | ||
出版年月/出版社 | 1992年11月/不識書院 | 受賞回[年] | 8回[1993年] |
分野 | 短歌部門 | 分類 | 作品 |
[略歴]
一九二〇年二月一九日、熊本生れ。熊本女子師範卒。現代歌人協会員。歌誌「椎の木」主宰。現代短歌女流賞、迢空賞など受賞。歌集『くれなゐぞよし』『冬麗』他。
[受賞のことば]
うれしく感謝
詩歌にとって花鳥風月は永遠の命題と心得ます。それは古今を通して常に自然の新しい命と相向くことでした。
江津とよぶ湖のほとりに移り棲んで三年。それまで切りとられた自然の現象にばかり馴染んでまいりましたが、まるまる息づく湧水湖の生態にはげまされて、共棲の恩に恵まれました。そればかりの歌をかきつづけました『青湖』に賞を賜わりましたこと、うれしく感謝しております。当分はなお湖を歌いつづけたいと思っています。
[作品抄出]
しろがねの月を
夕暮は湖のほとりにいちはやく闇喰ふ鳥が草に来てゐる
白羽に首さし入れて睡りこむ湖の一羽も浮世なるべし
湖近く棲むべくなりしなりゆきを肯ふわれに鴉来て啼く
秋天に
天山の雪解の水を呑みしこと今に残るか夜半の
夜天また老いとは言はぬ濃紺の風を流して星太るなり
生きて在ることも羞しき黒童子
ひるがへる花も離島の合歓の花四郎時貞行く方知れず
萩植ゑてつひに娶らぬ一軒の門扉はらりと開く月下に
旧約を読み新約につなぐ間の夜闇五百をとぶ大鴉
父逝けりさはあれ九十九歳の紺の浴衣のなほ
父の骨重きを裾ゑて晩春の草家やうやく賑はふごとし
飛びやすき紙を抑へてはかなしよ祀るに遠き春雷の音
一枚の紙切り通す
父と子と在りて一期を生ききると言ひたることも夏草の闇
高山も低山もなき夜の闇に己の身割りたる半月が立つ
日没の行く方追へばひしひしとサマルカンドの石灼くころか
一羽鳴き二羽が泣きつぐ鴨どりのその身離れてゆく声清し
如月の風に梅咲くさきがけてなほ微かなり地のくれなゐは
一面の靄にかくるる払暁の一村一里かくて老いゆく
旅立ちはあはれ愉しく機の座席夜の黒薔薇のごとき荷を置く
をりふしの諧謔にして白毛の家鴨が連れて我に寄りくる
萱草の細き身幅に添ひて佇つ草莽いまだ草の名もたず
氾濫ののちの湖水を揺りあげて鼻目おぼろの月昇るなり
人やまた鳥にあらねば根に立ちて滂沱の雨を受くるほかなし
厨房の
畑つもの煮ゆるいとまの
をりふしに魚ひるがへる晩冬の湖の面もみひらく時か
(掲載作選出=前登志夫)