馬場あき子『月華の節』(1988年12月/立風書房)

著者 馬場あき子
タイトル 月華の節
出版年月/出版社 1988年12月/立風書房 受賞回[年] 4回[1989年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九二八年東京生れ。昭和女子大卒。現代歌人協会理事。歌誌「かりん」編集。現代短歌女流賞、迢空賞等受賞。歌集『早笛』『無限花序』『桜花伝承』『葡萄唐草』古典評論「鬼の研究」

[受賞のことば]
  第四回詩歌文学館賞をいただけたことを深い感謝をもって受け止めております。ことに昭和三十年代以来、現代短歌のさまざまな問題によき刺戟を与えつづけて下さった信頼すべき選考委員の方々によって選ばれたことは、この上ない喜びであり励ましでもあります。
  私もいつしか、作歌の場に華麗な気力を必要とする年齢に近づきつつありますが、これからはむしろ、いっそう自らを奔放にほどきつつ、世阿弥風に言えば「年々去来の花」を忘れず、幾分かの新しい分野をひらいてみたいものだと願っております。この受賞を一つの転機にすることができればすばらしいと思い励んでまいります。

 
[作品抄出]

下野しもつけの芦野の柳若柳むかし知らねばさはやかに散る

もの書かず物は思はず何事か現実うつつに負けて見に来し柳

青畳雉子絵の屛風立ちゐたりいまだ人なき対局の部屋

あなにやしいくさは花の乱れ碁と誰かは言ひし若きこころに

辛勝も奇勝も勝ちといふ思想あな若けれどかすかに妬む

封じ手の眠る一夜をしみじみと銀河傾き秋深むなり

り年の柿の重たさもぎらんと夕映えてゐる男さびしも

蘭たまふ秋尽くる日の明るさにほのぼの生きてよき齢なれ

ロマネスクもう望むべくなきことの一つにてまつしろき冬薔薇ふゆさうび

融通無碍のさびしき怒り吹き荒れて多摩北稜に木枯はゐる

春の埃すこしかがやき寺々の秘仏ほのかにほほゑむならむ

冬の夜のビル吹きおろす雪あられ散りぢりにしも人は別るる

遊ぶ子の遊ぶ声より春となりおぼろの清水湧くかと思ふ

老いぬればたまやみて臥す母の目のさくらを見ればほのかに泣けり

桜みて恋しき人もあらざれば春風の吹く髪乱しおく

死者としてわれを見ること楽しむにあらねど暗し熊野杉道

てつぱう百合赤き鉄砲ぽんと打ちはや夏の人ゆく熊野みち

いかにせんいかにかせまし羊歯山の羊歯やはらかに吾れをつつめる

はるかにて詩のごとき野望美しも熊野に愛す九鬼水軍も

はやく昔になれよと心かなしみし昔の香もて梔子は咲く

梅干の真紅美し広口のびんにひびきて油蟬鳴く

つくつくほふし悔いは誰しもかなしきを紅毛ゆれてもろこし実る

月代を見むとし立てば膝さむし露しんしんと萩も倒れぬ

あんのんとあるにあらねどあんのんと秋夜は長し世を怒らねば

堪へてのみ人何かせんされどなほ北の富有柿届きけらずや

晩年の怒りのごとき唐辛子地に刈りて冬昻りもせず

石榴裂けてのち霜までの一ケ月つぶさによごれゆきしくれなゐ

手いつぱい何を抱ふる秋ぞとは問はれさびしむちちははのこと

大空の富士はればれと見て過ぎぬ少しく暗し人間の冬

山椒の実のくれなゐを潰す夜はくらくら雪もまんじどもゑぞ

(掲載作選出=安水蕗子)

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