須藤洋平『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』(2011年12月/河出書房新社)

著者 須藤洋平
タイトル あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから
出版年月/出版社 2011年12月/河出書房新社 受賞回[年] 27回[2012年]
分野 詩部門 分類 作品

[略歴]
  一九七七年宮城県南三陸町(旧志津川町)生まれ。小学四年生頃から複雑なチックを主症状とするトゥレット症候群、様々な合併症と闘病。谷川俊太郎、辻征夫などの影響を受け、八年程前より詩を読み書き始める。二〇〇七年私家版詩集『みちのく鉄砲店』で第十二回中原中也賞を受賞。

[受賞のことば]
  人間は境界線を引かなければ生きてはいけないと思います。けれど、震災で亡くなった方々や震災そのものにいつまでたっても線引きできずにいました。生死を別けたものは、紛れもなくただの偶然でした。気紛れに生きる他ないのだろうかと考えたりもしました。僕の詩を読んでくださる方々が、少しでも生の質感のようなものを感じとって下さったならば、それが無理やりではない自然な線を引いてくれるのではないか。そう思いながら祈るように書きました。にわか詩人の僕の拙い詩を選んで下さった先生方に深く感謝致しております。

 
[作品抄出]

  ハレルヤ

逝ってしまった者たちを追いかける前に、私は生き残ったことを
確認しあえたあの時の歓喜を思い出すようにしている。
狂ったように泣き合い、泥をこねるようにして抱き合った歓喜を。
あの時のことを、私は生涯忘れないだろう。

病にふりまわされ、いつも死に場所ばかりさがしてきたけれど
自分がただただ生きているということが、あんなにも人を喜ばせた。
そして思った。
動けなくたっていい。何もできなくたっていい。
誰かがいつか歌っていた。私もそう思う。

君がそこにいることが、もしかしたらこの地球ほしにとって
とても大切なことかも知れない

  Try again

二歳になる甥っ子と雨あがりの小高い林道をそぞろに歩く
私はぼやけたまなこで倒壊した家々を見下ろしていた
それはいつでも尽きることのない自棄をのせて鮮やかに胸を破ってゆく

今、あの時のような震災に見舞われたなら、
私のこの手に力は入るか
私のこの足は動いてくれるか
幼いいのちを救うことができるのか
あることないこと競わせては
偶然という檻の中で酷くかたよった死を育んでいる…

気づくと甥っ子は靴を脱いでとことこと走ってゆく……
私は彼にならい裸足で歩き始めた
黒々と深みを増した緑の中
胸いっぱいに湿った空気を吸い込んで

  孤独な角度

べろを出して死んだ若い女を見た時
初めて助かったのだと実感した
剝き出された雑多な想いは
浅い鍋にでもごちゃ混ぜに放り込まれ
ゆっくりゆっくり搔き回される
それが縁から溢れるたび
何度も何度も刺された
何度も何度も刺されて、
そそり立った
その孤独な角度が
今日も私を昂ぶらす

そしてまた、
鏡の前に立ち
女の形相を真似ては
汚い言葉で
代弁し始める

  岩礁

なぜ生き残ったかなんて、私に知るすべはない。
死んでいった者たちと自分との間に、
明瞭な境界線などどうやって引けるものか
頭脳で追いつくものなら、吐瀉物だって語りだすだろう

そうしてまた遺体があがる
顔は溶け、髪は抜け落ちブラジャーだけをつけていたという
「ばらばらでねくていがったな」
漁師たちが口々に言い煙草をふかした

死にっぱぐれた私の想いはどこまでもふちどられ
もがきながらつかんだ奇跡は
死んだ者たちさえ一緒くたに覆い隠そうとしている
爪の先まで悲しみのつまった身体でからめとるリアルに
罪の意識は永遠に続くだろう
けれど、
波が引いて行ったあと、
むき出された岩礁のたまりに
なにか息づいているかも知れない
そしてその水はきっと、塩からいだろう

  子どもたちへ

おいしいものを食べておいしいなと感じること、
きれいなものを見てきれいだなと感じること、
当たり前のようだけれど、そういうのがきっと、
死んでいった人たちへのいちばんの供養になるんだと思う。
今は神さまなんて信じられないかもしれないけれど。

これから、君たちには素晴らしい出会いが待っている。
それはすぐにやってくるかもしれないし、
ずっとずっと先のことかもしれないけれど
これだけの人間がいる中で、
ただ一人だけを心の底から求める不思議。
その時、きっと君たちも偉大な力を感じるだろうと思う。
そして、
その愛しい人の胸に耳をあてて聞いてほしい。
とまりそうでとまらない心細い鼓動を。
いつまでも、何度でも聞いてほしい。

私も、くやしいけれど神さまは絶対にいるんだと思う。
これほどまでに無差別に人間が死ぬ意味はまったくわからないし、
強い強い怒りを覚えるけれど、生きて家族や友だちと再会したとき、
皮肉にも、やっぱり偉大な力を感じたから。

生きて生きて、いつか素直にいけたなら、
でっかいゾウにでもまたがって神さまのもとへと行脚しよう。
そして、あの日の意味を問いただしてやろう。

  密葬

彼女をおぶり避難所まで黙々と歩く。
乾いた風が肌をこすりひりひりと痛んだ。
不意に彼女、私のあごをさすって、
「おんちゃん、おひげきもちいい?」
私は思わず笑って、
「うん、きもちいいよ」
と返した。すると続け様にあごをさすって、
「おんちゃん、おひげほんとうにきもちいい?」
「うん、きもちいいよ」
今度は変に改まって言った。
彼女、小さくふふんと笑うと、
かすかにふるえ、じんわりと温くなった。

際やかな寒さに身をふるわせながらも
足はしっかりと地をつかんでいた。

  ざんざんと降りしきる雨の空に  山田朗、鈴木妙に捧ぐ

まるで原爆でも落っことされたように
なんにもなくなってしまったけれど、
あなたが最期の最期まで生きようと
むき出しで立ち向かったから、
こんな世でも胸をはっていえる
人を苦しみから救いたいと。

ただただ繰り返される日々にむなしく意味をつけては、
くたびれたまなこで出口のようなものをさがしていた。
それでも何度でも何度でも辛抱強く、
「今からだっちゃ」
いってくれたあなたを、
私はいつも裏切り続けてきた。
(この身体で生きてゆくことに勇気を持てずにいた)

けれど、
このざんざんと降りしきる雨の空に、
あなたはきっと目をみひらいてみている。
生涯を生血にからまってまっすぐに生きた
あなたのように、
この荒れ果てた地で、
これからどんな悲しいことが起ころうとも、
愛に生きる
覚悟を決めた
私の姿を。

(掲載作選出・堀場清子)

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