波汐國芳『警鐘』(2016年12月/角川文化振興財団)

著者 波汐國芳
タイトル 警鐘
出版年月/出版社 2016年12月/角川文化振興財団 受賞回[年] 32回[2017年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九二五年いわき市生まれ。四七年『潮音』入社。四賀光子・太田青丘に師事。歌集『列島奴隷船』等十四冊。二〇〇七年、歌集『マグマの歌』で第三十四回日本歌人クラブ賞受賞。〇九年、福島県文化功労賞受賞。現代歌人協会会員。『潮音』選者。『白夜』選者。『翔』編集発行人。

[受賞のことば]
  名誉ある賞をいただくことになり、大きな喜びです。私が今在るのは、『潮音』の四賀光子先生、太田青丘先生のご指導によるものであります。
 さて、長期にわたり原発の危機感を作歌のテーマとしてまいりましたが、三・一一震災で現実のものとなりました。このたび授賞対象の『警鐘』には『姥貝の歌』(平成二四年刊)『渚のピアノ』(二六年刊)に次ぐ三部作括りの意味を込めましたので、授賞からは被災地福島興しの意味を熱く受け止めるのであります。ここに、選考委員の皆様に感謝申し上げたいと思います。
 
[作品抄出]

ああ我ら何にも悪きことせぬを「原発石棺」終身刑とぞ

古里や津波の跡のがらんどう()(ぐら)き奥に潮鳴りわたる

汚染土の入れ替え庭に終えたれど入れ替え叶わぬ我が心ぞや

出漁の人ら目に見ゆ陽炎(かげろう)のゆらゆら被曝の死者も混じるを

被曝地に住むほかなきを緋柘榴の裂くる口もて物申さんか

今何を詠むかと問わば血も混ぜて身ぬちの闇を吐くと答えん

原発を真実、制御(せいぎょ)なし得ずに富のみ得んとしたる人らぞ

被曝五年靄立ちこむる福島の沖ゆく船の警笛ひびく

闇深きふくしまの地にわが生きて歌を吐くなり火焰吐くなり

おお  われは翅震わせて飛ぶ蝶の飛んでも飛んでも荒野が尽きず

おお海は大いなる母  陸を呑み人呑み(はら)み何産むらんか

漁ならぬ浜ひた泣くを泣き()れて病む目のような夕焼けである

昔むかし平和ありたり縄跳びの縄をくぐれば其処は夕焼け

汚染土のシートの小山累々と()てゆくものを古里の道

科学者ら(ねが)うは核融合とう  陽のほかに陽をつくる事とう

陽の中ゆ核の盗人(ぬすつと)  滅びへの道馳せゆくを文明と言う

ガラスバッチとう線量計を付くる日々怒りの(かさ)も計られおりや

雪が降る  しんしんとセシウム降る音の(うつ)ろの中に引き込まれおり

匂い立つ春山いくつ脈々と動かし初むるわが歩みなり

福島の死者も(まじ)るや落ち花の椿夕べを口つらねたり

虹の又向こうにも虹  ()をいくつ潜ればほんとの福島なりや

笹原の笹にたつ風ざわざわとセシウム変化(へんげ)が駆け来るような

波立(はつたち)の浜に()ずるを大津波さらい残しの起つ心こそ

セシウムに追われ追われて古里の塩屋岬の突端に()

原発事故  福島で良きと言う人へ火を吐く竜となりいる夕べ

(掲載作選出・松坂弘)

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