柏崎驍二『百たびの雪』(2010年9月/柊書房)

著者 柏崎驍二
タイトル 百たびの雪
出版年月/出版社 2010年9月/柊書房 受賞回[年] 26回[2011年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九四一年岩手県生まれ。六一年「コスモス短歌会」入会。宮柊二の歌を学ぶ。現在選者。歌集『読書少年』『百たびの雪』など六冊。国語教諭として盛岡第一高校など岩手県内高校に勤務し、二〇〇二年定年退職。全国高校生短歌大会(短歌甲子園)の運営に携わる。

[受賞のことば]
  学生のころ「コスモス短歌会」に入会し短歌を作り始めたのでしたが、いつの間にか五十年が過ぎました。宮柊二先生や多くの先輩に倣って歌を作ってきた月日のように思われます。昨年の日本現代詩歌文学館20周年記念展「啄木に献ずる詩歌」に参加させていただき、その折の一首が『百たびの雪』の歌集名となりました。当文学館に深く感謝いたします。また、今回の三人の選者は私とほぼ同年代であり、これまで私が多くを学んできた歌人の方々です。あらためて厚くお礼申し上げます。

 
[作品抄出]

雪のうへあはあはすすみゆく影は教職を去りしなごりのわが身

こつこつと巣箱の内をはしに打ち四十雀しじふからをり風吹く日なり

一羽のみれてかたへを飛ぶあれど鉤なす列はまつすぐすすむ

山鳩はすがたの見えてわがまへに啼くなれど声はとほく聞ゆる

葉群うつ音して枇杷の落ちしのちまたしづかなり人住まぬ家

日本の秋のかなしさなかんづく寿永二年の秋の都落ち

昨夜よべ書きし蠅といふ字がもぞもぞと机のうへの紙にのこれる

瘦土に育ちし葡萄の老木にもつとも甘き実が生ると言へり

わが庭にくるひよどりは友のひらく電子辞書にもこゑ張りて鳴く

文語にて書くわが歌にしばしばもお邪魔しますと口語が混じる

帰りゆく白鳥ありてわれら臥すうへくわうくわうと声わたりゆく

座敷わらしの住む家住まぬ家浸し峡の青葉はみづみづと照る

夢のなかの少年われはかがまりて南瓜の葉もて鰻をつかむ

〈上田字豚小屋〉といふ地名改め〈緑が丘〉にわが陋居ろうきょあり

桑の木の下にて蛇の脱皮する六月のこと〈剝替むげがりの月〉

谷に射す朝のひかりは猿梨の青くをさなきかたちを照らす

をりをりに山女やまめにまじるはやにして朱の腹あはれ山国の鮠

ネカヂといふ言葉のこれり飢ゑのため眠られぬ夜の苦をいふ〈寝渇ねかぢ

仰向けに涅槃しにけり蝦夷蟬はすつからかんに腹を喰はれて

東京の偉いおがだに土淵の喜善がはなすつこをすへだづもな

湯豆腐を食べつつ見たりつんつんと月の地平をいでくる地球

十行の文書くにさへこめかみに力あつむといふこともある

カーテンにあかるく春の陽を溜めて今日より母に飲食おんじきあらず

さかりゆく母にしあらんみちのくの遅きさくらの散りのまがひに

みちのくのどん詰まりなる奥どころ白きさくらを今日見てあるく

なんと濃い菫の色だこびる提げではだげさ行つた人も見だべが

やへざくら木下に積もるはなびらは一夜に冷えてすでに地のもの

橋の影水路にしづむ暑き日の人のあゆみのなかにわがあり

みちのくに逃れて果てし幾人いくたりも見しや道べの莢蒾がまずみの紅

      啄木が渋民を出でしは明治四十年五月
渋民を出でてかへらぬ一人ありひばの木に降りし百たびの雪

(掲載作選出・沖 ななも)

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