著者 | 岩岡中正 | ||
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タイトル | 白寿の華―興がる精神 | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 32回[2017年] |
分野 | 俳句部門 | 分類 | 選評 |
これは、おそらく俳壇の現役最高齢の九十九歳の著者の第十四句集。白寿の華である。六十余年の句業が集約された、ゆとりと豊饒、円熟と自在の句集である。
ことばや関係の崩壊が危惧される今日求められているのは、内面と関係の豊かさという〈いのち〉の回復だが、本書はこの真の豊かさに満ちている。以下の三点、本書の魅力を述べたい。
第一に、老いていよいよ自由で円熟した著者の好奇心、ユーモア、つまり俳諧の本義でもある「興がる精神」が魅力である。次の句のような、生き生きとした発見と遊び心に満ちた著者の生き方は、私たちが共感するところである。
筍を寝釈迦の如く横たへて
金輪際鳴かぬと亀の擡げし首
箱庭に犬ゐて兎ゐて猿は
忘るるよ勿忘草を貰ひても
猪垣にある人間の出入口
第二に本書は、虚子の言う「
大寒に入りしと胸に言うて聞かす
六甲も摩耶もわが山初明り
賞でられてこその残花といふべかり
竹節虫はナナフシなりに涼しげに
雨降るな傘の破れてゐる花に
底紅を慕ふ心のいつまでも
父恋ふ子子を恋ふ父や花に黙
或る夜ふと父母の夢見し子蓑虫
以上、本書は豊かな関係の世界を謳い上げているが、第三の魅力はとりわけ、老いの充実と豊かな生き方を示唆している点にある。本書と著者の生き方を見ていると私たちは、何より励まされる。
老といふ充実にあり年明くる
かと言ひて抱負もなくて老の春
歯固や人生いよよ九十九折
こうして見ると著者は、「充実にあり」と断言したかと思うと、「かと言ひて」と引きながら、なお「人生いよよ」と、自問自答しながら確実に前を向いて進む。
ただ白寿や長寿、それに円熟そのものがめでたいわけではない。
かく雪の日なりき二・二六の日も
の句のように、大正から平成へと著者の百年の人生は、当然のことだが困難に満ちていたに違いない。本書から伝わってくる魅力は何より、さまざまな苦難にも動じないこの軽やかな主体そのものであり、こうした人格の表現である作品の豊かさである。この句集は、
白寿まで来て未だ鳴く亀に会はず
の句で終るが、この飽くなき好奇心とユーモアの精神に、心から敬意を表したい。