著者 | 高野公彦 | ||
---|---|---|---|
タイトル | 『はらりさん』の魅力 | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 19回[2004年] |
分野 | 短歌部門 | 分類 | 選評 |
賞の候補として三人の選考委員が挙げた歌集は計六冊あったが、討議の結果、橋本喜典『一己』、山埜井喜美枝『はらりさん』、永田和宏『風位』の三冊に絞られた。歌風の異なるこの三冊の歌集は、比較検討が難しく、選考は難航したが、時間をかけて話し合い、山埜井さんの『はらりさん』に決定した。
古語を駆使してイチョウの黄葉を美しく華麗にうたいあげた一首。この軽快さ、華やかさが山埜井さんの歌の全般的な特徴である。
歌枕見て参れとふそぞろ神 声に誘はるるみちのくの旅
さまざまのことを忘れて残花余花陽に照るみちのおくの山ゆく
奥州の鬼婆が塚に九州の鬼婆が参ず鎮まれよ鬼
この歌集には旅の歌が多い。右の三首は、みちのく・福島を旅した折の作。旅に出る時の気持や、旅の楽しさが伸びやかな言葉遣いで詠まれている。三首目は「みちのくの安達の原の黒塚に鬼こもれりと聞くはまことか」の古歌を踏まえたユーモラスな作。
鱗雲浮きてなだるる海坂のあをの生みたる関の秋鯖
韓国産松茸しらぬひ筑紫産越ひかり初物七十五日
ふふみたる新走りの香待ちがてに迎ふる
山埜井さんは、以前からこうした食べ物の歌が多い。ゆったりした気分で、
老いゆくはおとろふることあかねさす大夕焼の屋台崩しぞ
これの世をほつつきまはり遊離魂むらさきはななの道に行き暮る
隠れ蓑隠れ笠得て後の世もふたりのみなる旅
間なく来る古来稀とふ年の端に
これらは年齢のこと、生死のことを詠んだ歌だが、切羽詰まった感情は見られず、余裕を持ってこの世の現実に対している。終末を予感させるような夕焼雲の集団も、豪快な「屋台崩し」の装置と見る。やがて来る古稀という年齢も、私はちゃんと身慎莫(身支度)して待っている、といった具合である。
歌集名は「降ちゆくかたちは見せずひと夜さに花は はらりさん 一切合財」の歌から採られている。初句は「くだちゆく」と読む。このいさぎよい桜の在りようには、作者の思いが色濃く投影されているだろう。