春日真木子『宇宙卵』(2025年9月/角川文化振興財団)

著者 春日真木子
タイトル 宇宙卵
出版年月/出版社 2025年9月/角川文化振興財団 受賞回[年] 41回[2026年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九二六年、鹿児島県生まれ。五五年、歌誌『水甕』に入会。二〇〇三年『水甕』代表。現在発行人。歌集に『火中蓮』(第七回日本歌人クラブ賞)、『水の夢』(第七回日本歌人クラブ大賞)、『何の扉か』(第四一回現代短歌大賞・第三〇回齋藤茂吉短歌文学賞)など一五冊。歌書に『私の短歌作法』他。

[受賞のことば]
  満百歳を迎えるなど夢にも思わずおりましたが、詩歌文学館という「言霊の館」から賞をいただけますこと、何より嬉しく光栄に存じます。言葉の心に及ぼす作用について思いを巡らしながら作歌を続けて参りました。その時間の中で、自らが生成され新しくなることを感じています。その不可思議こそが身体の不自由になりました今の私の支えです。作品は平明になりましたが、一〇〇年を潜っての平明でありたいと願っています。選考委員をはじめ関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

[作品抄出]

とりあへず尾と鰭を削ぐさつぱりと薄暑に入りし今日の挨拶

うたた寝の脳はしつとり青き闇 文庫本は翼ひろげて

白樺が薄暑の光に濡れてゐる 今日の返信やはり縦書き

稔らざる柿の苦渋を聞き分けむ先づは補聴器誂へむとす

鳴りつづく受話器にわれは届かざり行方不明と言つてくだされ

天上よりつきぬけにしや曼珠沙華すつくといつぽん土にささりて

年越しの部屋の散乱すさまじく早くも虎が駈けぬけにしか

2並びに一つ欠けたる(ゼロ)は何 宇宙卵かはたまた虎穴(こけつ)

ふと目覚む午前四時なり寅の刻 ぬつと出できつ八つ手白花

春日永窓いつぱいの太陽にとろり温もる文具とわたし

透明の羽にとびくる幼な蠅わが日常にまばゆく加ふ

ゆたかなる髭の波打つタゴール像碓氷峠に今ぞ逢ひたし

生活を単純にして生き継がむ茂吉に倣ふすなはち昼寝

つと揺れる落葉拾へば此は蛙 蛙の咽喉がぴりりと動く

しくじりて初めて開く眼のありとロシア人なるチェホフの言葉

此の世から両手放すな身を抜くな真昼の鏡にしつかり映れ

日本晴れ真青き空を一機ゆく 一機おそろし今日原爆忌

開戦も終戦もしかと聞きし耳いま聞き流す棒読みの議事

イヌタデもネコジャラシも淘汰するひたひたひたすら蕺草(どくだみ)の生

Zoomにて初対面のインタビュー笑みに朱をさせ言葉にも朱を

敬老とぞ久々に来し曾の孫にひ弱くありぬほんのひととき

血中の酸素濃度を測り終へ人差指は新芽に向かふ

のんびりと豊けく日々を老いたきに押さへられけり時代のてのひら

赤ばらにやはきみどりの棘ありてバラのバランス我のバランス

鰻重を匙にて掬ふ木曜日わが食卓のダイバーシティ

ずぶぬれの身を閉ぢたしと庭木々の緑がすぼむありありすぼむ

カンボジアより曾孫の買ひ来しポシェットに刺繡の象は鼻を持ち上ぐ

ネパール人スジャータさんに全身を洗はれてゐるこれも経験

「わたくし」が時々行方不明なりそれでも宇宙に居残る私

梅咲いて今日のいのちの薄明りこの世に抜け穴まだありさうな

(掲載作選出・小島ゆかり)

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