小林坩堝『落下の夢—vergissmeinnicht』(2025年4月/思潮社)

著者 小林坩堝
タイトル 落下の夢—vergissmeinnicht
出版年月/出版社 2025年4月/思潮社 受賞回[年] 41回[2026年]
分野 詩部門 分類 作品

[略歴]
  一九九〇年生まれ。東京都在住。詩集に詩集に二〇一三年『でらしね』、二一年『小松川叙景』(第三三回富田砕花賞)。小詩集に一五年『風船』、一七年『エンド・ロール』。

[受賞のことば]
  このたびはありがとうございます。いなくなった者がいたように、いない者がいるように、言葉にすることを諦めたくない。いま·ここに在る不在を眼差して「わすれるな」と云いたい。そのような想いで詩集をつくりました。「落下」とは絶望の体現ではなく、希望の発現なのです。暴力と危機が地上を覆うこの時代に於いて、詩がなんの役にも立たないままで、それが故の剝き身の抵抗として、在り続けることを祈ります。本書はその応答となり得ることを願って編まれたものであると書き添えたいと思います。

[作品抄出]

行旅死亡機械

死者はついに浮かび上がることなく
渦にまかれて
深い澱みに白い身体を横たえる
そこは誰かの故郷だったが
誰も帰らなかった
行き倒れた白い身体の堆積だけが
かつて時間の流れのなかにそこが在ったことを
云わずに語った
(ともかく帰らなかった 誰も帰らなかった)

期待は期待ゆえに結果を裏切り続けるから
ねえ 行かなくちゃならないんですよ……
発見されない
ということに安寧をもとめた人びとの群れ 群れ
移動しながら足踏みするような所作で
破局をずっと待っている
(ともかく帰らなかった 誰も帰らなかった)

街路にだらしなく伸びる影
マッチ一本ください
夢をあらかじめ煙に巻いておきたいんだ
などという寝言
燐光ともる刹那の
いまが夜だ
プラットフォームで
最終列車を見送る
或いは最終列車に見送られたのかも知れなかった
(ともかく帰らなかった 誰も帰らなかった)

踏み外すのは簡単だ
ねじれている地軸と階段
のぼるもおりるもいずれ落ちるだけ
骨組みのまま朽ちはじめた時代の
未来はすでに行き倒れて
ただ砂の音が聴こえる
そこは誰かの故郷だが
誰も帰らない
往路もわからないのに復路なんて……
ならばあんたが立っているそこは?

真っ青に染め抜かれた造花を捧げよ
花弁うなだれてハラハラ散る
地表に降り積む
(視えない 視えない 視えない ゆえに……)
そこが明日だ
ついに来ないそのときの為めに
口づけをどうぞ
瞑目してどうぞ
這いずり回ってどうぞ
どうにも身体はみずみずしく
生きたまま終わる今日なのだから
(ともかく帰らなかった 誰も帰らなかった)

終わりも始まりもない旅路
だがここには旅がある


浅い眠りから目覚め
まだ夢の続いていることを知る
寝台に火を放つと
音もなく
夜が燃える
めまいの裡にわたしは転倒する
時計は溶け落ち
待つものもないが
いま永遠なる遅刻のときに
わたしは目覚め続けている
 

わすれな草

おまえはもっと醜く咲くべきだ
いちばん美しく咲くべきだ
ぜんぶ忘れて
花に生れたおまえの復讐をやれ
宙空より悲しい地上でのたうち回れ

青い火花の咲く
涙も追いつかない季節のうつろい
終わりのない涯に一閃
いっしゅんのはにかみの如く
支え失して走り出す今生の思い出
思い出さえも振り切らんとする思い出
割れたガラス片のなかに残る風景
或いは いつかの集合写真
おのれのもてる不遜(ちから)いっぱいに
抱きとめる

おまえはもっと醜く咲くべきだ
いちばん美しく咲くべきだ
ぜんぶ忘れて
ただ在るべきだ

抱きとめる
ぜんぶ覚えている

(掲載作選出・時里二郎)

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