著者 | 春日井 建 | ||
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タイトル | 「私」との清潔な距離 | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 15回[2000年] |
分野 | 短歌部門 | 分類 | 選評 |
二時間ほどの論議ののち、篠弘の第五歌集『凱旋門』の受賞を決定した。
篠の都市生活を背景とする作品、わけても百科全書派とみずからを言う出版人としての場を題材とする職場詠は、すでに評価の定まったものだが、この歌集においても、知的で切れ味のいい作品の魅力は遺憾なく発揮されている。
エディターに序列なければ立案をされたる順にコピイは綴ぢむ
結果より過程を見むとする評価人傷つけてゐるかもしれぬ
司会者を若きに託しゐたりしがわが計らざる空白を生む
言ひさして捉へがたなき言ひ換ふるわが呟きは組織をかばふ
今日、企業に勤めるサラリーマンの多くが日々体験しているあれこれながら、作品として定着することの少なかった分野である。有情と非情、自律と他律、あるいは意識や心理の照り翳りなど人間関係が描出されている。事と思念とを最短距離でむすぶことばが清潔である。
燦たりし
ボローニャの春に出でくる新版の『ちびくろサンボ』わが発注す
いまタイの図書変貌すコミックの選択肢により文字にめざめつ
フランス
液晶にうち出して消す失せたりしことばは澱むむらさきの沼
情報企業の先端にある作者にふさわしいインターナショナルな作品。日々の出来ごとに即応して、臨場感のある歌に仕上っている。「ちびくろサンボ」の歌には、「人権差別の疑いで、多くの国が絶版にしていた。」という詞書がある。作者の知的好奇心のありようが生きいきと伝わる。事に即応して、と書いたが「液晶」一首のような、詩的な哀感を封じこめた歌も少くない。
「北京の日中歌会」と題するドキュメントタッチの作品中には次の一首がある。
みづからを詠むは自賛になりがちと林林の言ふ評のたしかさ
連作中の一首だが、独立した一首としても興味ふかい。短歌の「私性」を衝く意見でもあり、自作に対する批評ともなっている。『凱旋門』は、「ようやく激務をこなし
ほかに、竹山広の『千日千夜』、宮英子の『海嶺』、伊藤一彦の『日の鬼の棲む』を賞の対象として取りあげ、討議した。