竹山広「射禱」(『竹山広[全歌集]』 2001年12月/雁書館・ながらみ書房)

著者 竹山広
タイトル 射禱(竹山広[全歌集])
出版年月/出版社 2001年12月/雁書館・ながらみ書房 受賞回[年] 17回[2002年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九二〇年二月二九日長崎生まれ。四一年より「心の花」に入会、かたわら同人誌『白砂歌人』を出す。五五年栗原潔子の「短歌風光」に入会、五八年同誌終刊により「心の花」に復帰。被爆体験をもとに歌を詠み続け、九六年『一脚の椅子』で第四回ながらみ現代短歌賞。歌集『とこしへの川』『葉桜の丘』『残響』『千日千夜』など。

[受賞のことば]
  今回、思いがけなく賞をいただくことになって、身に余るほどありがたい思いである。
 賞の対象になった『竹山広[全歌集]』には、既刊の五歌集のほか、入稿直前まで作った二年間の作品四五七首を、第六歌集『射禱』として収録した。
 後日、そのことが受賞の条件をクリアしたと聞き、幸運を痛感している。長生きして本当に良かった。
 選考に当られた方々、全歌集の刊行にご協力下さった方々、ありがとうございました。

 
[作品抄出]

われらまことに豊かなる国の民なりや思ひを重ねをれば梅咲く

植ゑて三年待ちたる梅の二つ咲き三つ咲き今朝は八つをかぞふ

ぱらぱらと咲きたる梅に懸命のこころ見えたる一旬は過ぐ

二十世紀末路の空にのぼりゆく死体を遺しきたる心臓

拾ひもののいのちならねば日の暮の庭にてわれは手を振りあるく

戦ひし日よりも憎きアメリカと思ふくらがりを帰りきにけり

蛸壺に休らふ蛸のごときかな結び七音しつかり据ゑて

さしあたり何を買はむといふならね文具屋あれば足の入りゆく

強大にして如何ともなしがたきアメリカを好きといふものはいふ

天変は明日あしたフロリダみつみつと草生をわたる蟻の軍隊

美しくしつらへられし爆心の土に手触れむかなしみも来ず

すれちがふたびに煙草の臭ひしてさびしかりしよ二日ゐたる子

大正九年二月に二十九日ありきその日の生児あかごいまだ生きて覚む

山茶花の葉間はあひより目玉向けきたる目白よわれは八十歳ぞ

涸れがれの身を絞りたる一滴のやうなる一首夜ふけて抱く

さしゆきし傘をかつぎて帰りくる大夕焼の下の学童

この眼最後に見るものに妻の顔あれよ念ひは声に出でずして充つ

憩はむとおもふくろがねもちの木の蔭まで百歩  百歩だよ足

名誉欲失せはてたりとすずやかに人は詠へど欲もよろしき

国道をくだるバスよりわが家の見ゆる一瞬のあるを秘密とす

わざわざ思ひみることもなし中国に残されし孤児の来なくしなりて

まゐつたと言ひて終りたる戦争をながくかかりてわれは終りき

暗黒の雨をぞおもへ三宅島の無人の家をおしつつむ雨

足の爪切りて早まりたる脈のしづまるを待つ世紀の終り

朝のまのくもり午後より晴れむとす青を湛へて移れ世紀は

昨日より雪を被ける山茶花の葉間すさまじき紅をかくせる

茜よりつめたき紺にもどりたる空しづまれり  八十歳はちじふ終る

妻の手に手をさしのべむ衝動のごときも去りて身は横たはる

寝相よくなりたるは身の衰へのしるしにて夜をいくたびも覚む

病み重る地球の声のきこゆると言はしめてただ神は見たまふ

(掲載作選出・宮英子)

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