著者 | 阿部完市 | ||
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タイトル | 選考を了えて | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 16回[2001年] |
分野 | 俳句部門 | 分類 | 選評 |
成田千空は、平成十二年一月、この句集『忘年』のあとがきで、「さて、今度の句集出版で作品の手持ちが零になった。身軽くなってこれから自在に俳句をつくり続けてゆきたい。年を忘れて。」と書いている。これからの自在を自らに約束し、その楽しさを自らにゆるしている。意志の自由と意志の楽しさを視て、示している。
山々は日暮れを惜しみ鳥帰る 千空
千空の自然詠一句である。静かで、しかも一抹の鋭さを示して、千空の眼、体感の切れ味をみせて、そして「鳥帰る」の寂をまた味読させる。そして、この一句の前に、
一と包み罪ほろぼしのさくら餅 千空の一句が置かれている。ごくごく、人の世、世間というものの味わいをみせている一句である。家人に、またあるいは友人に、またいろいろ、誰彼に、千空の心の暖かさが送られる、一句である。また「山々は」の句の後に、
鶏合せはげしき後の酒となる 千空
という一句が置かれている。人の世・世間さまの只中にいる千空という人の、あるいは実像である。
中村草田男という、大きな俳人と共に歩み、そして進み、俳句の近代を拡げつづけていた成田千空という人間内奥の暖かさ――しかも心澄んだ人の奥にみえる暖色一、一である。すなわち、この暖かさ、そしてまた俳句の次へ、深・真を、師・草田男に蹤き進んだ一作家の、心景――一句である。また、
欲しき火のいろに咲きけり秋薔薇 千空
という一句がある。「欲しき火のいろ」という、千空という一俳人の志、意志そのものの一語をかざしての一句である。そして、この「欲しき火のいろ」は、激しく、しかし静かである。激しく、突きすすんだ千空の句は、このように、激しいけれど静寂の色をみせるようになっている――なり得ている。すなわち、千空の意志の成熟の態を示し得て、この一句。この句の前に、
家低き羽後の国原木守柿 千空
の句が据えられている。「家低き」という一つの発見・着目は、やはり千空という作家の眼の確かさ、覚悟の実・つよさを示している。また「欲しき火のいろ」の句の後に、
行くほかはなき道行くや稲鬱金 千空
の一句があって、自らの俳句の道の「来し方行方」を観念している。そして、その道の左右――稲は鬱金、輝いている。
成田千空という作家への三人の選考委員の信頼が、成田の受賞をよしとした。すでに「蛇笏賞」作家であること――そして、その上の本賞受賞を、成田の重ねての受賞を私たちに決意させた。
岡井省二、宇多喜代子、林徹、友岡子郷、その他の有力な候補、句集のそれぞれについて、意見の交換があった。また、本賞受賞候補に、昭和生れの作家の後続をつよく期待したいという発言もあった。