著者 | 深見けん二 | ||
---|---|---|---|
タイトル | 豊潤な男振り | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 15回[2000年] |
分野 | 俳句部門 | 分類 | 選評 |
受賞と決定した藤田湘子句集『神楽』は、氏の平成四年から十年までの七年間の句を集めた第十句集である。六十年に亘る実作から到達した現代俳句の一典型であり、したたかな作家精神を背景とした多彩な作品集である。
第一に注目されるのは、旅を重ねて得た、自然讃歌の句である。これは、師秋桜子の下で高原俳句の作家として、早くから身につけて来た稟質が、大自然と一体となり、又大自然の美を構成して大きな句柄となっている。
あかつきに雪降りし山神還る
天近き田も水足らひほととぎす
共に安曇野の作で、北アルプスを望む日本有数の美しい大景が、格調高く詠まれており、「神還る」(初冬)「ほととぎす」(夏)の季題が空間と時代を超えた悠久の世界を生み出している。旅吟にはこうした句が多いが、次のような句は、歴史をふまえた現代が捉えられていて注目される。
大佛殿見ゆる野遊び終りけり
干蒲団箱根の谷に叩きをり
よき門を加賀に眺めて春の暮
天平も今も藻の花招提寺
ひとつぶの菊のつぼみも飛驒料理
氏の自然詠のもう一つの特長は小動物の詠み方の多様さと飛躍である。
千金の夜とて田螺も鳴けるなり
学ぶ灯と雀の卵おなじ闇
日に飛んで蜂が一番秋らしき
あめんぼと雨とあめんぼと雨と
死蟬をときをり落し蟬しぐれ
「あめんぼ」の句は、単純化を極端に進めたものを調べによって俳句という詩に凝縮したものであり、「死蟬」の句は、実景から心象の世界に入っている。
氏には、「亡き師ともたたかふこころ寒の入」の句があり、俳句性の追求、自己革新を怠らないが、「葛飾や一弟子われに雁わたる」に秋桜子への慕情があり、「尾長翔ぶ波郷の泉訪ふわれに」に波郷への情がこもっている。
ゆくゆくはわが名も消えて春の暮
この一句は氏の永年の彫心の句作のあとの作だけに「春の暮」の季題をここに斡旋することで、作者の自在境が窺える。又、
もろびとの鼻大寒となりにけり
終戦忌頭が禿げてしまひけり
花冷のなにゆゑとなき昼の酒
小春日や人を語りてやや篤く
などの句にはその時々の作者の貌が出ている。更に書名を『神楽』としたのは、自祝とともに集中の句を出発に新たな句境への積極的な覇気の感じられる見事な句集と云える。
尚今回の選考では、岡本眸第九句集『流速』もすぐれた句集として、三人の委員が推薦した。岡本氏の作風は、日常生活から見事に詩をすくい上げることに徹し、女性ならではの秀句が多く、藤田氏の作風と全く異り、簡単には比較が出来ない。従って二人の受賞が提案されたが、賞規定が一人のため、更に討議を重ね、『神楽』に決定した次第である。