著者 | 正木ゆう子 | ||
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タイトル | 玉響 | ||
出版年月/出版社 | 2023年9月/春秋社 | 受賞回[年] | 39回[2024年] |
分野 | 俳句部門 | 分類 | 作品 |
[略歴]
一九五二年夏至、熊本市生まれ。二十一歳の秋、兄の正木浩一の勧めで俳句を始め、能村登四郎に師事。句集『静かな水』により芸術選奨文部科学大臣賞、句集『羽羽』により蛇笏賞、本句集により読売文学賞を受賞。二○一九年に紫綬褒章受章。読売新聞・熊本日日新聞・南日本新聞の俳壇選者。
[受賞のことば]
書名の玉響は露のことです。露、とくに朝露は、太陽を向いて見る逆光のときと、太陽を背にした順光のときとでは、全く違って見えます。逆光では、一面の露がすべて透明に輝きます。一方、順光では、光って見える数が激減します。しかし光はより強く、しかも透明ではなく、青、黄、赤、たまに緑と、色がついています。この時は反射光なので、虹の原理かなと思うのですが、その景に魅了されて、今回書名としました。
究極の順光の露は、太陽が見ている水の地球でしょうか。
[作品抄出]
春眠の繊毛戦 ぐ耳の奥
竹の葉の散るやもとよりめまひ癖
夏帽子ふたつ掛けあり生と死と
たれも見ぬ深山の螢火になれるか
骨灰となりて黄砂にまぎるるも
茶臼岳
とんぼの空の上にとんぼの空幾重
我こそはとみな生きて去る風の荻
何のことぶれ谷おしのぼる冬の霧
もやもやと来る吹越のはじめかな
灯のおよぶ限りの雪へおやすみなさい
わが机四肢ふんばつて秋深し
微笑んでくちびるを切る冬木立
黄金が緑に見ゆるまで冬日
スキップもするよ恋する烏ゆゑ
よい考へブルーフィッシュの如く散る
蕗ゆれてひとり遊びの狐の子
蚊帳の環 たんすの環の音はるか
鷹湧いて湧いて一天深かりき
鷹今し風の本流とらへたる
行く鷹の後ろにこの世なき如く
入院
癌ぐらゐなるわよと思ふ萩すすき
手術日は狼けものまつる候
歩み来る年へ机を空けにけり
今ここに居なさいと冬泉鳴る
傾眠のゆめ継ぐからすうりのはな
鬼胡桃拾ふや栗鼠に配るほど
どちらかといへば暗いからどちらかといへば明るいへと寒暁
うつとりと小屋溶けかかる野梅かな
竜天に登るうろこかはなびらか
玉響のはるのつゆなり凜凜と
はるのつゆふれあふ鈴の音かとも
(掲載作選出・西村和子)