山崎ひさを「魂の交流」

著者 山崎ひさを
タイトル 魂の交流
出版年月/出版社 - 受賞回[年] 27回[2012年]
分野 俳句部門 分類 選評

  候補作品推薦のアンケートを経て、絞りこまれた作品は、宇多喜代子『記憶』を含む四句集であった。三月七日、東京で選考委員会をもち、検討審議の結果、全員一致で宇多喜代子『記憶』の受賞が決定した。
 二〇〇一年(平成十三年)から二〇一〇年(平成二十二年)に至る十年間の作品三四八句を収める。じっくりと自己のうちに暖めた上、極めて厳格な自選を経た句集である。通じて自然とのゆたかな存問の姿勢がそこにあり、森羅万象生きとし生けるものの生命を直接素手で摑みとるといった思いの作品である。
 生命との交流、魂との会話をしっかりと感じとることができる。
 友岡委員は、この辺りについてこう述べられた。――平素の作者は、自在奔放、速断敢行という印象の強い方なのだが、自分の作品については、慎重の上にも慎重、十年暖めた上の厳しい自選に改めて深い感銘を受けた。
 それら厳選を経た句の中にあって、南方熊楠三十句、石井露月逍遥二十一句、沖縄南風原壕十二句など、幾つかの連作が収められていることも一つの特色である。作者の強い思いあってのことである。心の土地熊野、そこの人南方熊楠追求であり、自己の俳句の流れを遡っての石井露月逍遥であり、あるいは先の大戦における沖縄の鎮魂を念じての諸作である。それぞれ一句を次に抽く。
  瀬頭に刃のひかり秋はじめ
  見覚えの墨の濃淡露月の忌
  夏草と一日見合う二日見合う
 そして又特色の一つに弔句を挙げることができる。たとえば「一月十九日 佐藤鬼房没」と前書する
  寒暁はがねの艶に一樹立つ
「十二月十六日 桂信子没」の前書のある
  大鷹の空や一期の礼をなす
などの作である。いずれも故人への心からの呼び掛けである。あるいは
  草矢飛ぶ俳人林田紀音夫の忌
  手袋と鈴木六林男の通夜に侍る
  夏の木を櫻井武次郎と見る
  秋風の亀井勝一郎生家
などの句である。これらの句は「春麻布永坂布屋太兵衛かな  万太郎」の巧緻な技巧とは全く趣きを異にする。亡き人の名をそのまま愚直なまでにずばりと一句にとりこみ、それによって亡き人の面影を醸し出している。思うに、この作者は、亡き人を心に、死者との対話のできる人なのであろう。
 終りに、委員会席上の鑑賞を一つ、二つ抽く。
  八月の赤子はいまも宙を蹴る
「八月の」が決め手であり、これによって句に奥行きが生まれた。
  白鳥は真白と噓のうつくしき
 白鳥のイメージは、真白なのだが、実際に目にする白鳥は決して真白ではない。
  色淡き順に運ばれ夏料理
「色淡き順に」がポイント。何でもない処に詩を見出す、作者の目は鋭い。

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