寺井谷子「純正・自立への希求」

著者 寺井谷子
タイトル 純正・自立への希求
出版年月/出版社 - 受賞回[年] 24回[2009年]
分野 俳句部門 分類 選評

  候補作として最終的に絞り込まれたのは綾部仁喜『沈黙』、鍵和田秞子『百年』、友岡子郷『友岡子郷俳句集成』、廣瀬直人『風の空』の四句集であった。討議の結果、『友岡子郷俳句集成』に決定した。
  この賞の要項によれば、「全句集」「集成」など、それまで刊行された句集を集めたものは賞の対象とはならない。その件に関しても選考委員の意見が交わされ、この『集成』には、平成十六年から平成二十年までの作品が、未刊句集「『雲の賦』以後」として収録されており、その作品群への大いなる評価ということで合致した。
  著者は昭和九年神戸市生まれ、学生時代より俳句を始め、爾来五十六年余を一筋に「俳句」と歩いてきた。
  その歩みの中で、殊に特筆すべきは、「青」を離れ、「雲母」の飯田龍太への師事であろう。その師龍太との永訣もこの集に収められている。加えて、二十代前半に、少人数の俳句グループ「椰子会」を結成。その個々の仕事を大切にした繫がりは結成五十周年を越えた。長い俳歴の中、詩歌全般の中で「俳句とは何か」を問い、探し続け、龍太の許で「俳句は俳句らしく純正に自立している」との確信に至ったと書く精神の清しさ。その結実の作品と言える。

    別のさみしさ夕雨の塔と鹿
  夕雨の中の塔と鹿。それだけで、個としての「さみしさ」は迫ってくる。あえて「別のさみしさ」と書くことによって、そう感知する作者の「さみしさ」までもが立ち上がる。
    かの遺書は冬の銀河を流れゐむ
  子郷氏は青年期から、現代詩にも親しみ、新たな詩性への探求も強いものがあったと聞く。その広やかな感性を伝える一句といえよう。見上げる銀河の中に探す「かの遺書」。誰かの遺書か、それとも自身がかつて書いた遺書か。冬の銀河の輝きの中に、「かの遺書」の白い存在が想起される。
    後ろ手をつけば雁わたりをり
 「後ろ手をつく」姿勢は自ずから天空を仰ぐ形を取る。その空を渡り行く雁。「つけば・雁わたりをり」によって、秋気澄む天空が、飛ぶこと叶わず、地に在る人間の存在の上に拡がる。
    蛤も浅蜊も雨の日なりけり
  この蛤と浅蜊、海の中か。それとも店頭か、家の流しの中に置かれているものか。何はともあれ、蛤も浅蜊も、その紋様や筋目を鮮やかに濡らしていなければならない。
    師と隔たりて百日の鳳蝶
  師飯田龍太。逝きて百日。「俳句とは何か」について自問する作者に確信を与えた師。幽明を隔てつつ相い合う思い。
 『友岡子郷俳句集成』は、真摯に学び、迷いつつ、「俳句人生」を即「己が人生」と重ね合わせることの出来た静かな成果と言える。

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