著者 | 山田弘子 | ||
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タイトル | 豊饒なる詩性とことばの耀き | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 23回[2008年] |
分野 | 俳句部門 | 分類 | 選評 |
第二十三回「詩歌文学館賞」は、選考委員全員一致で鷹羽狩行氏の『十五峯』と決定した。氏にとって第十五冊目の本著は、喜寿というおめでたい年と重なったこともあり、感慨ひとしおのものがあろう。
さて、今回の受賞作品『十五峯』は平成十六年から三年間の作品からなるが、かつての〈スケートの濡刃たづさへ人妻よ『誕生』〉〈みちのくの星入り氷柱吾に呉れよ『同』〉〈摩天楼より新緑がパセリほど『遠岸』〉などに見る鋭角の瑞々しい青春性の作風から、齢のもたらす渋み、柔らかな諧謔味のある作風へと大きく推移していることに気付く。いよいよにおやかに、いよいよ自在な世界へとその世界は広がっているのである。
淡雪や舞ひ納めたるごとく止み 平成十六年
初夢をさしさはりなきところまで 平成十七年
七人は重たからずや宝船 平成十八年
さらに、本集の大きな特色として、登場する季題の豊富さを挙げたい。因みに総句数四百三十七句に、実に三百五十を越える季題がさまざまなヴァリエイションをみせながら登場し、読者の心を捉えて離さない。どのような季題も氏の手になると忽ち不思議な詩空間を醸す、まさに季題の魔術師のような俳人である。
そしてまた、山口誓子と秋元不死男という二人の師に学んだ自らの原点を、常に確かめながら歩み続けていられる氏の揺ぎなき確信に、ひとしお感銘を深くした私である。
二師の忌日を詠まざりし年も去る 平成十六年
三寒といへば不死男の獄中句 平成十七年
凍星やきびしかりしは誓子選 平成十八年
この句集のどこを開いても難解な句はひとつも見当たらない。平明なことばのもつふくらみと輝きを、この作家ほど的確に生かす俳人も珍しい。だからこそ一句一句が読者の胸に染み入るように伝わるのである。「平明にして余韻」という虚子のことばを思う。
いよいよ円熟味を増しつつも、まだまだ何を見せてくれるのか分らない期待感を余韻として味わった句集『十五峯』である。
受賞候補となった『分光』(有馬朗人)『椣原』(茨木和生)も非常に魅力に溢れた句集であった。『分光』は世界を舞台に活躍する物理学者の深い自然観から生に根ざした独自の詩の広がりに感銘を深くした。『椣原』は風土と一体化し、自然への大きな愛に裏づけされた氏の為人を彷彿とさせる詩空間が読者の心を離さない。いずれが受賞されても遜色ない句集であったことを申し添えたい。