川崎展宏『秋』(1997年8月/角川書店)

著者 川崎展宏
タイトル
出版年月/出版社 1997年8月/角川書店 受賞回[年] 13回[1998年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九二七年一月一六日、広島県生れ。東大国文科卒。加藤楸邨に師事。「貂」主宰。朝日俳壇の選者。『夏』(九一年)で読売文学賞。句集に『葛の葉』『義仲』『観音』など。評論集に『高浜虚子』『虚子から虚子へ』。

[受賞のことば]
  三月三日夕刻、一ツ橋綜合財団から詩歌文学館賞受賞のおしらせがあった。嬉しかった。選考委員、飯島晴子・平井照敏・深見けん二の三氏は、それぞれ傾向の違う作家だが、その三委員の合意による受賞は有難い。私は加藤楸邨先生のもとで虚子の「花鳥諷詠」にかれ、虚子関係のものを書いて来た。しかし、今回の『秋』を眺めて、自分が楸邨の血脈につながることを改めて感じる。少年時代の太平洋戦争のことが忘れられず、また、造化を讃える「花鳥諷詠」に惹かれるという、その二重性のままに、俳句とは何か、を問いつづけたい。有難うございました。

 
[作品抄出]
 
赤い根のところ南無妙菠薐草

           東京大空襲による死者の正確な数
               は不明。十万とも。いま「米国戦
               略爆撃調査団報告」の数に拠る

南無八万三千三月火の十日

江の電は揺れて行きます落椿

胸の幅いつぱいに出て春の月

筋肉のひらききつたるチューリップ

桜鯛子鯛も口を結びたる

        平将門伝説
野に起り野となりし王青嵐

楸邨が佇つじゆうわうの青あらし

葛桜男心を人問はば
            敷島の大和心を人問はば朝日に
            にほふ山ざくら花    本居宣長

花菖蒲莟するどき一抱へ

沖縄は浮かぶ花束梅雨明ける

フルートになりし男の端居せる
          フルート曲杉一本づつ雪ふらす  博道

虹の中に虹を見てをりしが消えぬ

                  加藤楸邨先生
夏座敷棺は怒濤を蓋ひたる
                平成五年七月三月

           悼  井伏鱒二氏
いましがた出かけられしが梅雨の雷
          平成五年七月十日

炎天へ打つて出るベく茶漬飯

白桃の皮引く指にやゝちから

箸置に箸八月十五日

太郎水漬みづき次郎草し茄子の馬

鉄道草赤い夕日に照らされて
        平成七年(敗戦五十年)は明治百二十八年

八月を送る水葬のやうに

一本の桔梗となりしをのこはや
       桔梗一本投げこむ力ばかりの世に  博道

吹き飛んで袋立ちたる秋の水

身の内のこきと音して菊の酒

柿の実の張つて四角にならんとす

祀ることなくて澄みけり十三夜

一つ一つ榠樝は癒すもののかたち

新月のうしろのくらき冬はじめ

冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ

       櫻井博道を憶う
骨もまた疲れて眠る龍の玉

太陽が月の如しや冬の寺
                瀬戸市  定光寺

いいな〳〵と首をすぼめて冬桜

海鼠あり故にわれありかぼすもある

塗椀が都へのぼる雪を出て

庖丁の切れ味を待つ海鼠かな

(掲載作選出・平井照敏)

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