宇多喜代子『記憶』(2011年5月/角川学芸出版)

著者 宇多喜代子
タイトル 記憶
出版年月/出版社 2011年5月/角川学芸出版 受賞回[年] 27回[2012年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九三五年山口県生まれ。俳誌「獅林」を経て「草苑」で桂信子に師事。現在「草樹」会員。現代俳句協会会員。紫綬褒章受章。読売新聞選者。句集『りらの木』(第二十九回現代俳句協会賞)、『象』(第三十五回蛇笏賞)など。著書に『ひとたばの手紙から』『里山歳時記』他。

[受賞のことば]
  俳句を始めた高校生時代に、さして生産的でもなく、隠遁者の文学だとみなされていた俳句に捉われ、肩身の狭いおもいをしたことを思い出します。以来の日々、そんな無用なものの持つ魅力、極小が極大に広がるおもしろさを知るようになりました。この小さい形式詩の、窺い知れぬ未知の世界に若い日とおなじような魅力を感じて、久々にささやかな掌に乗るほどの句集を編みました。
 そんな句集に目をとめてくださり、推挙してくださった選考委員の方々に、心よりのお礼を申し上げます。

 
[作品抄出]

寒卵年寄りはまた年をとる

だれにでも見える高さに春の鳶

働いてくる日くる日の青嵐

色淡き順に運ばれ夏料理

座布団に残るぬくみも奥吉野

  一月十九日 佐藤鬼房没
寒暁はがねの艶に一樹立つ

白鳥は真白と噓のうつくしき

八月の赤子はいまも宙を蹴る

等身の影等身の御慶かな

動かぬと決めて動かぬ青葉木菟

奈良にゆくだけの春着や仰山な

湯豆腐の四角が窮屈でならぬ

秋風の先頭に立つ後鳥羽院

鮟鱇のもとより歪吊られて歪

  十二月十六日 桂信子没
大鷹の空や一期の礼をなす

旅立ちの色整えよ冬の草

大旦古稀のわたしに勿体な

希望が丘緑ヶ丘より賀状くる

おのずから定員のあり花莚

水甕に罅の一筋じわりと夏

水際の蟻の一匹おそろしき

撲ち合うてしろがね深き芒かな

粥柱七十の歯の伸びる伸びる

一対という美しき松飾

  南方熊楠
瀬頭に刃のひかり秋はじめ

雁金のさわがしき夜となりにけり

晴また晴またまた晴の秋三日

露月の忌あけて子規の忌いずれも雨

今生に目玉をのこす雪兎

元日はよきかな雨も雨音も

深吉野の地祇をとどめて草氷柱

夏草と一日見合う二日見合う

夏ぐれの鳳凰木の下に立つ

木の瘤に触れて叩いて山始

なおをなほと書きたくもなるこの冬は

(掲載作選出・山崎ひさを)

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