志垣澄幸『<ruby>鳥<rt>ちょう</rt></ruby><ruby>語<rt>ご</rt></ruby>降る』(2021年4月/本阿弥書店)

著者 志垣澄幸
タイトル 鳥語降る
出版年月/出版社 2021年4月/本阿弥書店 受賞回[年] 37回[2022年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
 一九三四年、台北市生まれ。戦後引揚て宮崎に住む。宮崎大学学芸学部国語科卒。前衛短歌の影響を受けつつ一人で作歌。六三年に個人誌『丸木舟』を創刊。六八年『原型』に入会。七六年には歌友らと現代短歌南の会を結成、会誌『梁』を出す。歌集に『空壜のある風景』、『夏の記憶』、『水撃』など。

[受賞のことば]
 前衛短歌が盛んだった昭和30年代に作歌をはじめた。塚本、岡井らの作品につよい刺激を受けつつも、私は日常にこだわってきた。『鳥語降る』も宮崎での生活を詠んだものだが、老と死、豊かな自然、地球環境の問題、そして小国民だった戦時の日々など、それらをいろんな視点から自在に詠んでみたかった。日常における未知なるもの、背後にあるものをどう捉え、どう表現するか、頑ななまでに自らの日常に執着してきたが、今回の受賞がどれだけの励ましになったことか。選考委員の皆様に心からお礼を申し上げたい。

[作品抄出]

はるかなる世から聞こえてくるやうな夜明けの空に鶴の声ながる

烏賊干せる小さき漁村を過ぎてよりいつしか電車山に入りゆく

月ひとつ終ひ忘れしあけぐれの空とよもして一番電車過ぐ

卓上のペットボトルがだしぬけに骨折のやうな音をたてたり

小高さんはコロナ禍知らずに逝きにけりわれは何をば知らずに逝かむ

ぎつしりと雲のつまりし夕空が水面に昏く映りてゐたり

山わたりゆく送電線をあふぎつつそのとてつもない重さを

われの死を悼み泣く人あらざらむ泣くとすればあの孫の詠子か

こゑもなくわれの頭上を越えゆきて風は川辺の竹藪に鳴る

鉄塊のやうに重たき広辞苑二つに割りてそれから捲る

採られたるわれの血捨てられゆく闇を思ひてゐたり秋の夜のふけ

なきがらと思ひて拾ひあげし蟬からめるやうにわが指つかむ

夏の野を過ぎゆく特急すこしづつ縮小されてゆく後尾みゆ

銀嶺となることまれな尾鈴山めぐりの山をひき寄せて

このベンチに成らざりし愛もありぬべし松林のむかう春の海照る

海中に入りゆくレールのゆらめきて古き造船所に潮みちてくる

遠き日の軍歌のしらべ銭湯に浮かぶひとつの貌より洩るる

山裾を這ひあがりゆく雲みつつ弟の葬祭場まで歩く

花に埋まる弟の額のつめたかりそのつめたさをまた思ひゐる

蛇口より出づる光のきらめきに児は手を入れて揉みはじめたり

弟の部屋に掛けられてゐる写真われの家族のいちえふも混じる

大きなる車輪が頭上を過ぎゆきて枯野のはてに降りてゆきたり

伝令のごとくはしりてゆける風川に沿ひたる竹むらに見ゆ

仁徳帝の御陵のかたちせるパンの切り口にバター濃く塗りこむ

森林火災撮りゐるヘリの影がまだ火のおよばざる森のうへゆく

わだつみの澄みたる水の底よりひき抜くやうにグレを釣り上ぐ

地図にない礁に渡りて釣りをする宮崎と大分の県境あたり

鳥語降る樹を見上げゐる朝の道悲哀の声はみぢんもあらず

陽だるまのバスが街なかに入りきてやうやく車体の青とり戻す

汝らの皮膚に成りたる鞄さげ見せないやうに牛のそば過ぐ

(掲載作選出・吉川宏志)

カテゴリー