平畑静塔『矢素』(1985年9月/角川書店)

著者 平畑静塔
タイトル 矢素
出版年月/出版社 1985年9月/角川書店 受賞回[年] 1回[1986年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  明治三八年、和歌山生れ。京大卒、医学博士。「天狼」同人、句集
「月下の俘虜」、評論集「俳人格」ほか。現在、宇都宮病院長。

[受賞のことば]
  病院長に再任されて途方もなく困難な任務についたのは昭和五十九年の春、二年たった。始めは心身共に疲れ果てあちこちに病源が発生したりした。よく今日までがんばったもので、今は開き直りのあつかましさで、俳句も作り句会の指導もする。出来ないのは根の深い文章がかけなくなったことである。多分今日の受賞には私に対するみなさまの励ましの意も入っていると思うので、ふんばってゆくつもりです。大分平常心で処理出来るようになったので何とかつづけてゆけると思うが、御鞭撻をねがって止まない。

 
[作品抄出]

栃餅の搗きしを抱けばしなだるる

   横手にて
身半分かまくらに入れ今晩は

はだか子の灌佛にありあまるもの

復活祭牛は涎をともなひて

黛の目を二つづつ沢山

づからも紅玉林檎樹下に落ち

   故京
誰が袖に触れつつ白朮おけら火を享けし

桝の豆ほどに混み混み除夜詣

芦刈の一語もそらに聞えける

銅像の正造に強ふ日向ぼこ
    義士田中正造翁の像渡良瀬川のほとりに建つ

蕨狩谺に二つ返事され

張りぼての象のかるさも花まつり

軽がると水中の石簗を組む

ながららへて吹く笛まつり山車だしすすむ

葉月にはおぼこ林檎の落ちやすし

道につれ青田も山にさしかかる

探梅や軒に大臼腰を据ゑ

涅槃会に絵とき上手の嘗てなし

母衣ほろはらませて茶刈機ははやるもの

藤房にあしながむすめとびつきぬ

金堂の簷熊蜂を二度弾く

青飛鳥裸形一人いちにん出づるなし

関東ローム赤毛のたうもろこし育て

初巫女にはつはつ見ゆる内の襟

   能登の荒磯
きの能登のと海苔のりかきなみはな

   塩原  妙雲寺
御肥満の彌陀にたつぷり牡丹生く

黄金分割金剛杖を持つところ

一縷にて天上の凧とどまれり

初午の金精こんせい注連の巻きどころ

あたらしきくう深くあり茅輪出て

(掲載作選出=森 澄雄)

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