能村登四郎『長嘯』(1992年8月/角川書店)

著者 能村登四郎
タイトル 長嘯
出版年月/出版社 1992年8月/角川書店 受賞回[年] 8回[1993年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九一一年一月一五日、東京生れ。国学院大卒。「沖」を創刊主宰。『咀嚼音』で現代俳句協会賞、『天上華』で蛇笏賞。句集『寒九』の他、評論集も多い。

[受賞のことば]
突然に驚いて…
  全く予期しない賞だったので事実驚いた。
  対象になった句集「長嘯」は私の十一番目の作品集で三年間で出来たものである。七十の後半からようやく俳句のもつ面白さが理解できて来たのか、作っていて実にたのしい。たのしいので次々と出来句の数も従来とはどこか違った。ただしよい悪いは自分では全く分らない。そんな途方もない作品を世の人が認めて下さって審査の方の眼に止ったことに感謝の他はない。

 
[作品抄出]

霜掃きし箒しばらくして倒る

雛つつむ薄紙に音ありにけり

朧夜の笛穴に触る指佳けれ

落ちる時椿に肉の重さあり

すこしづつ死す大脳のおぼろかな

のっそりと来て恋猫の胴のばす

腹鳴るを若さとおもふ麦の秋

生れたるばかりの蠅や這はせ置く

白絣着くづれ頃を人に逢ふ

まさかと思ふ老人の泳ぎ出す

しつかりと緊む甚平のかくし紐

二三夜は義理寝の菊の枕かな

蓑虫の孤閨を吊す糸あはれ

厚着してシート・ベルトの縛を受く

閨秀にかこまれてゐて風邪気なり

この顔のほか顔もたず冬鏡

干し蒲団幸せもすこし叩き出す

次の世は潮吹貝にでもなるか

海月にもも螫されし青春の日をおもふ

老裸身にも月光の痛かりし

蛍袋何に触れむと指入れし

鳥食(とり鳥食とりばみばみ)に似てひとりなる夜食かな

薄ら氷の解けやつれしが漂へり

観音の髭春愁と言ひつべく

余花の寺欄干てすりを跨ぎ滑りして

屋根あかきごきぶり小舎の出来上る

花栗のもじやらもじやらの下潜る

羽披鳥身を忘じての威丈高

陶枕やまぎらふものに死と睡り

くちなはの草擦る音の水辺まで

人の死も蟬の死も皆仰向ける

夏掛けや死のかけものもこの程度

考へてゐし露すべるすりがらす

目鼻だちよき柚子にして青一抹

僧形の身に添ふ齢冬泉

(掲載作選出=倉橋羊村)

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