中村和弘「俳句自由、さらに豊饒」

著者 中村和弘
タイトル 俳句自由、さらに豊饒
出版年月/出版社 - 受賞回[年] 36回[2021年]
分野 俳句部門 分類 選評

 受賞句集『草魂』は、二〇一六年から二〇一九年までの三五八句を収めた第十三句集、あとがきに『人事を包含した自然から触発されないと詩情が捉えられない。(中略)すべて一回の出会いが普遍になる。そんな「一回の出会い」を大事にしたいとの思いがいよいよ強い』と記す。
 著者はすでに第四五回現代俳句協会賞他多くの作品賞を受賞、第一回山本健吉文学賞(評論)、読売文学賞(随筆紀行)受賞とその領域はまことに広い。また日本の各地域に残る季節感を帯びた言葉を収集した『俳句地貌論』は、日本文化論として特筆すべき労作である。
 作家としてこの経歴が示すように、句集『草魂』に収められている作品は自然、人事、社会問題にいたるまで実に多様である。
  草枯の轟音満つる佐久平
  木に木魂草に草魂暮の春
    雨返あまげし や木の吐く息が木に纏ふ
  根の国の動きけら皇子みみず王
等の自然を詠んだ作品、どれも大らかでアニミズムが根底にある。

  草を擂りつぶし草魂沖縄忌
  白鳥を食べしことなど捕虜の夏
    瞠くみひら  は遠くが見えず敗戦日
  干柿を欲しとシベリア抑留死
等の戦争、戦禍を詠んだ作品。

 そして原爆、原発
  核に核もてする愚考桃の花
  花ミモザいよよ除染の狂ほしき
  セシウムの翅をたためる蛇とんぼ
  花の奥ビキニ死の灰の純白
  ユーカリの樹皮擦れ久保山愛吉忌
等思索的でさらに社会性を帯びる。

    三・一一から五年
  吊し雛水中に日の沈まざり
等の東日本大震災の作品。

 そして〈苛め〉〈幼児虐待〉などの社会問題に踏みこんだ
    六月、五歳の女子の死を哀しむ・回想五句より
  真冬日の結愛ゆあ ゆるしてくださいゆるしてください
  結愛ちやんの憶えたる字にあたたまる
これらの一連の句、幼児虐待を俳句作品として成した例はない。苛め、幼児虐待などの社会問題は戦争や自然災害と異なり目に見えにくい。大胆に踏みこんだことに瞠目した。俳句の領域を広げ暗示的である。

 金子兜太を詠んだ句、この句集の芯とも言えるほど圧巻である。
    金子兜太他界―二月二十日
  磐石のぽかと空きたる春北斗
  雛よりも兜太色白涅槃変
  柩から雲雀とびたつための窓
    兜太一周忌
  秩父野の二月ひかりの透りたる
 句集『草魂』は驚くべき多様さ、読む視点により新たな様相が表れる。そして金子兜太を更に上まわる目線の低さ。俳句自由ゆえに成し遂げられた豊饒な世界が広がる。

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