宮坂静生『<ruby> 草魂<rp>(</rp><rt>くさだま</rt><rp>)</rp> </ruby>』(2020年9月/角川文化振興財団)

著者 宮坂静生
タイトル 草魂
出版年月/出版社 2020年9月/角川文化振興財団 受賞回[年] 36回[2021年]
分野 俳句部門 分類 作品

[略歴]
  一九三七年、長野県生まれ。富安風生、藤田湘子に師事。俳誌『岳』主宰。六四年『青胡桃』以後一三句集上梓。二〇〇〇年評論集『俳句からだ感覚』(山本健吉文学賞)、〇六年『語りかける季語ゆるやかな日本』(読売文学賞)、一七年『季語体系の背景・ 地貌季語探訪』他(現代俳句大賞)各受賞など。現代俳句協会特別顧問。

[受賞のことば]
 香月泰男が言った「一瞬一生」は好きな言葉です。画家が初発の感動にいのちを賭ける意気込みに共感します。
 俳句を作り続けほぼ七十年、近年は金子兜太、大峯あきらをはじめ、尊敬する、石牟礼道子、中村哲の逝去に哀しみを深くしました。さらに親から虐待され五歳で生を絶たれながら、「あしたはできるようにするから」と親を怨むことを知らない結愛ゆあ という五歳の女児の純真さには衝撃を受けました。俳句とはなにか。いよいよ混迷を深める中で、今回の大きな賞は激励を頂戴した思いです。選考委員の方々にお礼を申し上げます。

[作品抄出]

白梅や夢をかたるは苦しきとき

  青海島・鯨おうみじま  供養
鯨墓まで鯨唄ひびきけり

田の泥の目鼻持たざる涅槃かな

草叢に雀そこから華胥かしょ の国

草蟬の引き摺り鳴きや空爆地

石棒を包む胞衣えな とて今年絹

核に核もてする愚考桃の花

木に木魂草に草魂暮の春

削節一とさし舞へる冷奴

憲法に鋼の勁さ麦熟るる

蟻抓むごそと歓喜のごときもの

もの食ひて眼のにごりたる秋はじめ

蜂の仔を煎る日降ひくだ ちは魔が差すよ
                日降ち― 日暮

鶏頭は仆す外なし曠野たり

稲滓火いなしび の頃父荒れしわれも父
             稲滓火― 田仕舞の火

落鷹の口開くこゑをもらさざり

わたの原へと初富士の歩き出す

拝み巌摩擦さす り仏や雪付く木

干柿を欲しとシベリア抑留死

春の猪出合頭に兜太の目

柩から雲雀とびたつための窓

引鶴の兜太の魄をはこびゐる

  大日向開拓地ふたたび
泉みな難民棄民たちのもの

豆の芽のまばたきアイヌモシリの智
         アイヌモシリ― アイヌの大地

  六月、五歳の女子の死を哀しむ
真冬日の結愛ゆあ ゆるしてくださいゆるしてください

天蚕蛾鳥のごとくに籠に飼ひ

デモに明け暮れミネルヴァの梟たち

砂川の冬の没日を花と見し

雨返や木の吐く息が木に纏ふ
          雨返― 冬の寒さの戻り

クレソンの奏で黒人霊歌かな

土偶みな臀部爆発かまひ時

原発の廃炉妖怪かひやぐら

天皇の退位へいつとなく暮春

筍の地下茎ハイデルベルクまで

秋の鮎水より迅く落ちにけり

(掲載作選出・中村和弘)

カテゴリー