著者 | 坂井修一 | ||
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タイトル | 明るい影と暗い光 | ||
出版年月/出版社 | - | 受賞回[年] | 36回[2021年] |
分野 | 短歌部門 | 分類 | 選評 |
今回受賞の対象となった『未来のサイズ』は、俵万智の第六歌集である。
我という三百六十五面体ぶんぶん分裂して飛んでゆけ
『サラダ記念日』
三十四年前、俵は『サラダ記念日』の上梓によってライトヴァースの旗手と呼ばれ、若者たちに短歌を広める伝道師となった。
デビュー当時からこの人は、短歌という古ぼけた詩型を使って、今を生きる人々の多様なおもしろさを活き活きと明るく取りだして見せてくれた。また、歌ことばを使って、一人の中の「分裂」をそのままに味わわせてくれもした。
今度、六番目の歌集を読むと、俵のこうした美質が保たれたままに、作品世界がさまざまな陰影をまとって立体化されていることに気づかされる。
トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ
第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類
コロナ禍の中の人間を歌うこうした作品でも、比喩や形象化の面白さの底に、普遍的な悲しみが宿っている。その悲しみのありかを明るく照らし出すところに、この人の面目があるだろう。
図書館の閉架の棚から呼び出されネモ船長が子に会いにくる
最後まで友を息子は庇いたり我は憎めり今も今でも
子供の成長を見守る母。『未来のサイズ』は、その存在感を示す歌集でもあった。母としての俵の強さ、優しさ、そして御しがたさが浮き上がって見えてくる。この「最後まで」などはこれまであまり見なかった歌いぶりで、俵万智にもこうした断崖のような思いはあるのだとあらためて意識させられた。
石垣島から宮崎へ転居する。子供は寮生活に入る。そうした生活の変化は、俵の心に影を重ね、大人のおもしろさを作品に付与することになっていった。
「だれやめ」は「
隣席に『上司が壊す職場』読むこの男性は上司か部下か
眠れ眠れ大人のための子守歌24時間タタカッチャダメ
世俗のごちゃごちゃの中でしばしば経験する「気づき」。それを料理する手際の良さに、私たちはニヤリとし、ときに苦笑もしながら、読み終えた後でほろっとする。そんなビターテイストが加わって、俵の歌の魅力は増してゆく。
別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我が「ラ・ラ・ランド」
掉尾のこの歌など、人生が多層的なものであることを、エマ・ストーン主演の映画を超えて思い出させてくれるのではないか。「どれもよし」の爽快さを嘉しつつ、この一巻の受賞を喜びたい。