俵 万智『未来のサイズ』(2020年9月/角川文化振興財団)

著者 俵 万智
タイトル 未来のサイズ
出版年月/出版社 2020年9月/角川文化振興財団 受賞回[年] 36回[2021年]
分野 短歌部門 分類 作品

[略歴]
  一九六二年、大阪生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に佐佐木幸綱に出会い、歌誌『心の花』に入会、作歌を始める。八六年角川短歌賞受賞、八七年第一歌集『サラダ記念日』出版、翌年同歌集で現代歌人協会賞を受賞。歌集に『チョコレート革命』『プーさんの鼻』(若山牧水賞)など。

[受賞のことば]
 子育てと地方移住の中で得た社会的な視点を、自分の文体でどう表現するのか。この十年の課題だったと思います。文体は性格のようなものですが、これらのテーマとの相性は手探りでした。
 歌集を編集する過程でのコロナ禍。歌の拠り所としてきた日常が揺らぎました。揺らぐままを詠みつつ、石垣島や宮崎でのかつての日常が眩しかった。その輝きを生かせるよう構成しました。
 恋愛も子育ても、人生のメインではなくなりつつある……そんな転換期に、賞という励ましを、ありがとうございます。

[作品抄出]

トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ

手洗いを丁寧にする歌多し泡いっぱいの新聞歌壇

ここにいてここにはいない子の背中オンラインゲームにくくくと笑う

布マスク縫う日が我にも訪れてお寿司の柄を子は喜べり

子連れオッケー陽ざし溢れるカフェだったフェイスブックに廃業を知る

第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類

むらさきに染まる雲あり「紫陽花」はこんな空から生まれた漢字

難しくないはずイマジンこの島が誰のものでもなかった頃を

潮の香のパンツ、靴下、ランニング 少し惜しみて洗いゆくなり

図書館の閉架の棚から呼び出されネモ船長が子に会いにくる

子のドラムドンドンタッツードンタッツ「シャーン」のところで得意そうなり

六階の窓に海藻を貼りつけて気がすんだかい台風コーニー

暗闇にしずくを受けて育ちゆく石筍とせきじゆんいう根気に出会う

「ただちには」ないってことか戦争も徴兵制も原発事故も

健康のためなら死ねるというように平和を守るための戦争

子のために願うことなかれ願うとは何かを期待することだから

「だれやめ」は「め」と知る居酒屋に迷わず頼む「だれやめセット」

梅仕事とはよき言葉かな竹串でホシを取るとき無心になれる

隣席に『上司が壊す職場』読むこの男性は上司か部下か

最後まで友を息子は庇いたり我は憎めり今も今でも

好きすぎてどこが好きかはわからない付箋だらけの歌集のように

長椅子に寝て新聞を読みおれば父が私を「母さん」と呼ぶ

クッキーのように焼かれている心みんな「いいね」に型抜きされて

華々しくどげんかせんとと言われたる宮崎に今どどんと暮らす

眠れ眠れ大人のための子守歌24時間タタカッチャダメ

プレッシャーと闘う心 AIの持てないものの一つと思う

見つからぬためではなくて見つかるという喜びのためかくれんぼ

だからって引き返せないエレベーターLOVEよりLIKEは長続きする

「面白い質問ですね」と褒めながら答えたふりをする人工知能シリの知恵

別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我が「ラ・ラ・ランド」

(掲載作選出・坂井修一)

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