森本孝徳『暮しの降霊』(2020年10月/思潮社)

著者 森本孝徳
タイトル 暮しの降霊
出版年月/出版社 2020年10月/思潮社 受賞回[年] 36回[2021年]
分野 詩部門 分類 作品

[略歴]
  一九八一年、神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。二〇一二年から詩誌への投稿を始め、翌年現代詩手帖賞受賞。一五年に上梓した第一詩集『零余子回報』がH氏賞を受賞。

[受賞のことば]
  前詩集以後の五年間は巣穴を掘るように詩を書いてきた。言葉の自在な乱舞や拡散に身を任せたというより、その出どころの異常(エラー)に常時気を揉み、当座凌ぎで埋め合せることに躍起になっていた、というほうが相応しいのかもしれない。拙く無邪気な細工で溢れ返った今度の詩集が、幾らかなりとも「構築的」に見えるのだとしたら、それは白地をただ縦に掘り進めるしかなかった僕のような者にとって思ってもみない「幸福」である。賞を授けるとの報せが啓蟄の頃合いに届けられたこともまた愉快であり、嬉しい。

[作品抄出]

  (暮しの降霊

  ○、

  暮しの数を勘定しながら、燃え殻散在させた、橋の筋にぼくはう
 り歩いた渇きをおぼえ、(穂のあい間に)幼帽を張った
 頃の蜂が巣を突貫つらぬくように歩いていった。

  △、

 鳥と友達隣の子の数は「なんべん勘定しても途中で判らなくなります」。
 ぼくは烏に会釈するのを習慣としてきた血の道の薬となって、二
個の辞別を記した梣の葉の露を飲むのでした。
 脛を伝いはじめた温かな雫は、昨日その死を介錯した金魚のよう
にひどくよろめき、柳の葉のかたちをした傷痕がある牝の犬と淡水
の魚。右は「申刻ななつ下りの雨の中で、もう胃に悪いと知りつつ肝胆
照らしはせず」己を殲滅させもしません。

 

 ――殲滅。たとえば三十四画としてひとつよけいに孔を作る(庭の
 草を、
 傷つけまいと配慮したのか、顧みれば地に近いほうの火は残されて
 ある)。振り返れば、だからふたりは籤の数だけ釘の下で、ななつ
 の心臓を鳴らしたわけだ。

  □、

  いけすかない動静のため、ひとあしごとに散在していく兄(この
 かみ)をなじり、牢く綴じた、小さな古紙をほのあかるい紐に参着
 させると、子がたたき落した壊死した書き癖に埋れ、ヒモのなごり
 の旋毛石ドングリみたいに目久尻川がひっそりそのかさを増す。

    きみのみっつの筆記は村雨に乱れ、
      鼬の道を切るようになる。――指孔はトーンホール
    (いくつかの四囲とサインボール
       恋慕の内部でドングリみたいに季節を傾けたらいい:

     そう書いたはずの
    牛の背に似た私は書信を頭上に戴いたまま、
        封も切らずに
       日の天文で透かしみるのを試みている。

 ○

     仲秋の日付。忘れっぽい遠方の友貂の足取りのぎこちなさと、の、
           鳥目の天使のように几帳面な字死骸なりのしどろもどろな生への執着を、を思い浮かべること。

        困惑とともに(困惑とともに)
      かつて関節が外れるぼくは嘲笑するだろう。まで踊った、
          いつつの子の旧い影をアウトライン

 ○

 「ぼくはアメ(瓶覗)  にひとりたち尽し鶺鴒つつは」あたた
  かい木立を濡らして発ち、

  もう成熟のない尻の衣嚢を、弄ろうと風はまざまざしい風みたい
  に誤解(へんなの、
  だった。


 (馬の足

  △、

  枝を遷って、ぼくは馬の足の喰いものをかしいでいます。鳴かず・
 飛ばず「猫を被って夥しい砂粒の上です」。眠る無患子むくろじの手の間か
 らあふれてくる、あれは「相互・
  扶助精神の二号さんの家」

  □、

  この罠にかかるものは、ひとつはその仕種がなにかなべて虫で、
 踏切の脇で拾われてきた「ぼく自身の幽霊を喰いものとしたい」。
  糞切り脇の巣穴は詩「馬の足」狡知prankで、薄い実部のある犬にか
 こまれている。歯間主観からはいつも何物かがあふれている。それは長
 く無口(Blank)な上に、
懐から光るものを衒かちらつせてきみを脅し、
 ぼくの糞の役にもたたない述部plaque(短軀)をさかなでている。

   霊的二人、挿話かの丸眼鏡のなかの、にすぎないぼくにはとてもききわけがつかず、
  踏切脇で「反復の観念をみいだしたための多幸感、と」ルビのまろ
  みを見ている。記憶の襞を ズック なくして、

                            「ぼくはまろくなる小さな獣がいる」

  △□、

                ぼくは
                てんきもきていない
                入植地に近ついていた
                たかいに
                蜘蛛の巣の糸に連結されて
                おとりなから寝食した
                こともの
                目の劣るところに置かれた二、
                三の膏薬の容器は、脱
 穀されるに苦しむ稲の声で転ぶ。後の夢のなかで足をいれると、木
 棉の靴下が水を吸い濡れ、囀り交す鵲か、 Pica pica                 蠅か、
 なにかとらえどころのないもののように巣に帰る友がそっと蜂の巣
 となり、
(一昨日寝食した)路肩へと沈む。



  (Spotting, without Moving

   変聲期の末ごろ(、 畳の目)もかき消えたところで、あとか
  たもなくなり薊み。ららんでねる友との御座子おくらご・ 鮞子のはららご畳み算
  は、獣じみた睡魔によりなかばだかれ、
 「籠写の蝶はひいるゆきゆいてしまうの。
  ぼくはうる目の疼ぎのなかにたえたく」叩箸です。

 僕嘗てひゆることあり。雨は(土ノ蜘蛛の
 巣ほど白く)わが身を厄介者の・・・斥候空域へと押上てくれた。桑鳲囀 まめまわしり、
 木末を䛌とかたことててらす。ならず児の凭る(燐るよろけにも足るイズミ屋の恣
 意や、
 へりくたりのいかんにより汐を践める)御祓箱さ。

(掲載作選出・福間健二)

カテゴリー