塚本邦雄「該当作 ナシ」

著者 塚本邦雄
タイトル 該当作 ナシ
出版年月/出版社 受賞回[年] 6回[1991年]
分野 短歌 分類 選評

  アンケート回答をも十分に勘案の結果最終候補として残ったのは、左の三冊の歌集であった。
  『百科全書派』篠    弘  砂子屋書房
  『樹下逍遙』  加藤克巳  短歌新聞社
  『公園』    柴生田  稔  短歌新聞社
  壮年の第二歌集、円熟期の作家の第十一歌集、茂吉直系米寿の大家の近作群、三者いずれ劣らぬ成果を秘め、一九九〇年度の収穫として、かねて世評にも上って、然るべき評価を受けていた。
  それぞれの標題自体にも、各氏が志向して来たもの、生の基盤としつつあるものを、直接間接に反映していて、一入に味わい深く、ついに甲乙つけがたく、選考者を沈思に誘った次第である。
  受賞対象歌集には曰く言いがたい決定的な何物かが必須である。否応を言わせぬ迫力とも言うべきものがなければならぬ。それはまず第一に作品の魅力であることは論を待つまいが、それ以外にも、作者の既往の業績、今後への期待が加わるだろう。しかも取上げる一冊が、現時点で作者を十全に現わしているか否かが最も重要なポイントである。
  三者いずれも、水準を越えた歌集であることは、既に衆目の見るところだが、それぞれに、何らかの点で、いささか贅沢で、多分に厳しい選考委員の、大きくうなずくところとはならなかった。これは作者よりむしろ委員にとっての痛恨事と言わねばなるまい。
 『百科全書派』  84年の『昨日の絵』につぐ第二歌集。世紀の彼方にあるものを透視分析する知性と、なお、初々しい青春性を併せ有つ作風だが、歌壇を代表するその鬱然たる評論の業績の高みに、作品が達するのは、明日の課題であろう。
・したたかに百科全書派酔ひしれてギター弾きつついづくに到る
・まなかひの萩むらさきに靡きつつ何にか遇はむつかのまの朝
 『樹下逍遙』  作者には珍しい標題。かの37年『螺旋階段』以来の前衛精神の、反映はなお、脈々と巻中に伝えつつ、やや沈潜と安息の気が支配的である。半世紀以上の歌業のさらなる発展を希おう。
・一樹はや雪にけぶりてぼうと立つぼうと命をこもらせて立つ
・鮮血の一輪さむき薔薇にしてこの天地あめつちたま凍らんか
 『公園』  知る人ぞ知る「アララギ」の重鎮。師風の一面を伝えた真骨頂は、ここにも歴然と見られる。記念碑的な一巻として、虚心に味読すべきものあり。
・要するに茂吉は常に飄々として我には捕らへ難き存在なりき
・八十をいつしか過ぎてこの先にいかなる生を我は持つのか
右の考察をもととして、三者ともに次善であると見做し、その歌集を顕彰しつつも、次回に待つこととした。受賞者無しは、本賞開始以来最初の例で、むしろそれも、この賞の誇りと考えたい。