松坂弘「大震災と対峙する歌」

著者 松坂弘
タイトル 大震災と対峙する歌
出版年月/出版社 受賞回[年] 32回[2017年]
分野 短歌 分類 選評
  波汐國芳歌集『警鐘』は著者の第十四歌集で、前々歌集『姥貝の歌』前歌集『渚のピアノ』に続き東日本大震災をテーマとしている。
 著者は福島市に居住し被災した人々と寄り添い励まし合いつつ短歌活動を展開し今日に及んでいる。その情熱的なエネルギーには脱帽する他はない。
 東日本大震災から今年の三月で丸六年が経過している。しかし避難者は岩手、宮城、福島を合わせると十二万三千百十六人、死者は一万五千八百九十三人にも及ぶ。さらに行方不明の人が未だ二千五百五十三人もいる。さらに、震災関連死も三千五百二十三人を数える。いずれにせよ、今回の災害は大地震と大津波に加え、原発災害が重なった事が被害を一層大きなものとした。
 著者はこの約六年の間に三冊の歌集を刊行し、ただ一筋に遅々として進まない大震災からの復旧復興への思いを詠み続けた。
  ああ我ら何にも悪きことせぬを「原発石棺」終身刑とぞ
  被曝地に住むほかなきを緋柘榴の裂くる口もて物申さんか
 前の歌。東日本大震災は、巨大な地震と地震による津波に加え、東京電力の原子力発電の破壊により、被害が一層甚大になった。作者はそのことを踏まえ、自分たちは何も悪い事はしていないのに、なぜ原発事故に因り「石棺」に閉じ込められ恰も終身刑を受けているかのようだ、とうたっている。
 後の歌。我々は被曝地にあって誰に怒りをぶっつけたらいいかわからない。柘榴が割れた時真っ赤な口に見えるように口を開けて物を言いたいものだ、というのである。
 この二首の語法に注目してみよう。前の歌には三句めに「ことせぬを」があり、後の歌は二句めに「ほかなきを」がある。この二首に使われている
…を」は、自分自身の願望や他への希求などをあらわす助詞で、この他にも何首かに使われているのが特徴としてあげられる。
  漁ならぬ浜ひた泣くを泣き()れて病む目のような夕焼けである
  笹原の笹にたつ風ざわざわとセシウム(へん)()が駆け来るような
 いずれの歌も、どこか語りかけるような表現になっている。特徴のある語法といえよう。口語発想を生かそうとする苦心が読み取れる。
 短歌は説明と記録とのバランスが大切とされる。さらには伝達のためのリズム感の良し悪しが問われる。この作者はそれらのいずれについても工夫を凝らしている。
「夕焼けである」「駆け来るような」というような会話口調の大胆な表現の作品が何首かみられる。
 それらはいずれも作品に新しいリズム感を創出することを念頭にした表現であり、注目されるのである。