栗木京子「一瞬と永遠」

著者 栗木京子
タイトル 一瞬と永遠
出版年月/出版社 受賞回[年] 31回[2016年]
分野 短歌 分類 選評
  歌集名『薔薇断章』が示すように、本歌集には花や草木を詠んだ印象的な作品が多い。その中で、次の歌にとりわけ心を惹かれた。
  生きて来て悔ゆべきことのありやなし晩秋の街にサルビア朱く
 尾崎氏が第一歌集『さるびあ街』(琅玕洞)を刊行したのは二十九歳のとき。心の葛藤を見つめる理知的な歌が高く評価されたが、それから六十年近い歳月を経て、サルビアが人生の照り翳りの中でこのようにしみじみと、しかも洗練された華やぎをもって詠まれていることに瞠目した。
 前歌集『椿くれなゐ』において夫君の逝去を詠んだ尾崎氏であるが、本歌集では一人娘を病気で失うという悲しみに襲われた。
  ()が病めば自責の思ひ堪へがたし母なる位置を放つすべなく
  お前はもう充分堪へた吾娘(あこ)の死を褒めつつその髪撫でゐたりけり
  憂ひなく地下珈琲店に入りしかど亡き()に似たる横顔に逢ふ
 短くも充実していた娘の生涯をいつくしみながら、母としての自責の念に苛まれ、片時も娘の面影を忘れることができない。揺れ動く気持ちが詠まれているが、端正な文体とすぐれた自己凝視によって、いずれの歌も一篇の詩として結晶している。音韻の美しさが格調を生み出していることも忘れてはならないであろう。本歌集を上梓することになった経緯について「思いもかけず一人娘を癌で亡くしたあと、遂に全く孤りになってしまった私の一種の力綱ともなった短歌への感謝、といってもよいのかもしれない」と後記に述べられていることが胸に沁みる。
  一瞬の時空とらへて揺るがざるこの小さなる詩型を愛す
「私の一種の力綱ともなった短歌」と表された短歌への思いは、この歌からも立ち上がってくる。十七歳のときに佐藤佐太郎に師事して薫陶を受けた尾崎氏は二〇一四年に評論集『佐太郎秀歌私見』(角川学芸出版)を刊行した。そこには佐太郎のことばとして、「感動は瞬間のひらめき」「精神力が一瞬に働くときに結ぶ直観像」「かけがえのない瞬間」といった作歌の要諦が紹介されている。「一瞬」に宿る輝きと重み。そのかけがえのなさを守りながら尾崎氏が歌を詠みつづけてきたことにあらためて感嘆を覚えた。
  帆走するヨットの群が海光にまぎれゆきつつ冬日眩しも
  ものの芽のひとつひとつが(とが)りゐるかかる不思議を見つつ虔しむ
  陽のぬくみのこる茄子の実(てのひら)(いくさ)の日々の記憶は(にが)
 鎌倉の海を眺め、植物の不思議に虚心に向き合い、戦争の記憶を苦く反芻する。こうした歌からも、一瞬を捉える感性の冴えが伝わってくる。そして、そのきらめきはまた、永遠への回路に確かにつながっていることに、深々と圧倒されるのである。