佐佐木幸綱「『ウランと白鳥』を読む」

著者 佐佐木幸綱
タイトル 『ウランと白鳥』を読む
出版年月/出版社 受賞回[年] 14回[1999年]
分野 短歌 分類 選評

  魅力的なタイトルである。『ウランと白鳥』。ファンタジックでありながらエキサイティングである。危険な感じがする。そして、どこかこうエロチックな感じが余韻のようにひびいている。歌集はやはり、タイトルがよくなければならない。歌集のタイトルは、その作者のその時点の言葉の集約点だからである。
 この魅力的なタイトルは思いつきではなかった。具体的な事実、作者のじっさいの体験にもとづいている。一九九六年十一月、作者は青森県の六ケ所村の原子力燃料サイクル施設の視察に参加した。この折の体験に取材した一連の作があって、それにもとづくネーミングであった。
 
白鳥はくてうのねむれる沼を抱きながら夜もすがら濃くなりゆくウラン

  静かな夜だ。白鳥を眠らせる沼。その沼を抱くウラン。たぶん見えないウランが、沼全体を大きくやわらかく抱いているイメージだろう。沼を抱くウランが、沼をすっぽりと抱いたまま熟れるように少しずつじっくりと濃くなってゆく。

ウラニウムに近寄りて行くひとりひとり袋のやうにエロスを負ひて
にこやかにニユークリアスの神官の予防着厚くわれをいざなふ

  そこで働いている人、案内をする人、視察する人、施設に出入りする人たちはこのようにうたわれている。人間は古代以来ずうっとつくりあげてきた人間らしさという愛の文化を、核という神の前で、今後どのように背負いつづけてゆくのだろう。
  原子力燃料工場を、これほどインファイトして、これほど優美に、短歌形式でうたった者はだれもいなかった。というよりも、原子力燃料工場にはふつうの者は入れないのだろうから、工場に入ったはじめての歌人ということになろう。このすばらしいタイトルは、こうした背景から生まれたのである。
  この歌集の特色は、もう一つ、日常の何でもない細部をうたった歌の楽しさである。

カーテンをなかば引きつつ書きしかどまつためて寝につかむとす
まつくらになりたる窓の直下にてFAXひとりごとなめらかに

  カーテンが半分閉じられていたのを全部閉じて寝た。暗くなった窓の下でFAXが動いている。こうした日々の生活のディテイルが、さりげなくうたいとめられている。生活者が男だとか女だとか、青年だとか高齢者だとか、そんな中間項はまったく削除されて、生活のディテイルそのものが直接うたわれている。ここがもう一つの見どころである。