野村喜和夫「みずみずしい神秘の傷痕」

著者 野村喜和夫
タイトル みずみずしい神秘の傷痕
出版年月/出版社 受賞回[年] 32回[2017]
分野 分類 選評
  受賞詩集となった来住野恵子の『ようこそ』は、詩と聖性を結びつけようとする古くからの、しかし今日ではいわばミッシングリンクとなってしまった方向を探る試みである。したがって、すぐれて反時代的であるが、それは意匠としてそうあるのではなく、やむにやまれぬ作者の内的な要請によってもたらされたとみるべきだ。ときに大仰な表現があるにもかかわらず、この詩集が私たちに深々とした感動を呼び起こすのはそのためである。
 加えて、なんと光に満ちている詩集であろうか。来住野恵子は、西脇順三郎を読むことからその詩的歴程を始め、ロサンゼルス滞在中に、吉増剛造によって「ユリイカの新人」として見出された。この二人の大詩人の感化もあってか、彼女の想像力はごく自然に宇宙を感受しつつ、極微の自己をそこに在らしめることの眩暈を存分に生き、悲しむことができる。しかしそれだけではない。彼女独自の、何かしら宗教的な感性がその宇宙大的な空しさを貫くのである。つまり光、あるいは光への希求である、そのほとんど無私なまでの。「微塵なす符はゆるやかに回転し/あてどない沈黙を踊る/わたしの灰が吹き転がってゆくさき/どんな必然にもひらかれて落下するひかり一枚」――この「ひかり一枚」とは、こうして得られた詩的言語の輝きのことでもあろう。
 それにつけても、カバーに使われている北川健次のコラージュ作品が意味深い。フォンタナの絵画を思わせる白紙の亀裂から天使がひとり抜け出ようとしているが、手に抱えた石板のようなものは、亀裂の深奥からかろうじて持ち帰ったというようだ。そこに何か書かれているとしたら、それこそがこの詩集『ようこそ』という「みずみずしい神秘の傷痕」なのである。
 この「神秘の傷痕」を、もうすこし拡大してみよう。それを感じ取れないと、この詩集のほんとうの美質を見誤ることにもなろうから。集中もっとも感動的なのは愛犬ノエルの死をめぐる詩「うつくしいものがいた」であり、またもっとも衝撃的なのは「自爆犬」に取材した詩「外にいて」であるが、このふたつの生はべつのものではない。ノエルの死を悼むのは、たんなるペットロスからではないし、「自爆犬」を仕掛けたテロリストの非道も、たんなる人道的な立場から告発されているわけではない。そこには、神に最愛の息子を捧げたアブラハムから十字架のうえのイエス・キリストにいたる、いや宗教一般の本質としてのサクリファイスをめぐる、深いおののきと悦びの同期があるのだ。はじめにこの詩集を称して、詩と聖性のむすびつき云々と述べたゆえんである。身代わり羊という原初的な供犠の痕跡、それがノエルをも自爆犬をも貫いているのであり、さらには、3・11のカタストロフィーを経た私たちの経験のどこか基底核のようなものとも触れ合うであろうし、すなわち、反時代的意匠はここで図らずも時代の要請とぴったり重なるのである。この転回を讃えずにいられようか。