長谷川龍生「救済の地平」

著者 長谷川龍生
タイトル 救済の地平
出版年月/出版社 受賞回[年] 2回[1987年]
分野 分類
  最匠展子さんの詩的才能を、最初に発見したのは、今は亡き金子光晴である。二十年ぐらいまえに、金子光晴が中心となってやっていた「あいなめ」という詩人の集団があり、その小集団の中に、最匠さんも一員として加わっており、こつこつと詩をつくることに精励していた。処女詩集『在処』で、金子光晴が跋文を寄せているが  それは秀抜な文章であり、この女流詩人の才能の背後にあるものを、確実に射抜いていたように思う。年月を遡れば、苦節三十数年になるだろう。アメリカの女流作家フラナリー・オコナーではないが、「敵意を持った観衆」の中で、耐えに耐えて、育ちゆく年月を自分のものとして持つことができたのは、金子光晴同様、正面切った個我のつよさと、つよさの底にひそむ痛ましいほどのやさしさであろう。個我のつよさと、やさしさの二極分点がはっきりしていて、あいまいなものがほとんどない。あいまいなものがほとんどないということは、あいまいさの中で辛うじて生きている人たちに敵意を抱かせる。これは芸術の創造の中における一つの不幸である。
  詩集『微笑する月』は、すべて体験に根ざしながら、深く自己のなかに下降していく徹底した悲しさがあり、その深みの存在こそ、全人間に問う意味なのだ。ゆえに、最匠展子さんの詩的現実、つよさと、やさしさの二極分点は、「信仰」と「救済」の地平を持つことになる。そこのところまでを、金子光晴が見抜いていたかどうかは分らないが、現在の私ならば、その地平にいきつくまでの道すじは理解することが可能である。
  しかし、一方、読者が「敵意を持った観衆」の一人であるならば、最匠展子さんの立場は理解することができない。世間を一まわりするだけのつよさ、やさしさだけでは、誤解という困難さがあり、「愛」と「地獄」の在所には、到達することができないのである。
  そこのところが、私にとって興味津々たる材質である。私自身の根源は、まったくあいまいである。まったくあいまいであるがゆえに、私自身、何を考えているか、よく分らないことがしばしばある。他者に対しては、かなり現実感を把握するが、私自身に関しては、ほとんど実感がない。そのような人種にとって、最匠展子さんの芸術思想は、手ごわいと言わざるをえない。つまり、不実感を扮飾したり、ごまかしたりすることは、負担を重くする認識の方につながり、それに目ざめていくことになる。
 『ジェーンに何が起ったか』という映画ストーリイには、姉妹愛の犠牲のドラマが、次々と逆転した。それと同じように、『微笑する月』では、犠牲にされる自己を飼い馴らしているところもあり、絶望もろとも、いっきょに幸わせの岸にたどりつこうとする意志がただよっている。この場合、「神」は潜伏しており、その影すら把握することは不可能であるが、救済の希念と信念とに烈しくもえている意志は確認することが可能である。
  このようなタイプの詩人は、この日本では珍しいと言える。ゆえに救済の中軸になる意志のつよさも、自ら潜伏しているような様相を持つことになる。
  このたびの受賞に関しては、意外な人々から賛意の表明があった。
「敵意を持たない観衆」、かくれたる善意の読者が多く存在していたのである。その事実を、選考委員の一人として、よろこびたい。最後に、最匠展子さんの「救済」の詩業は、特定の宗教観にワク組みされるものではないだろう。おそらく、永い人生の果てにおいても。