井坂洋子「確かな響き」

著者 井坂洋子
タイトル 確かな響き
出版年月/出版社 受賞回[年] 17回[2002年]
分野 分類 選評

  選考会は三月五日に予定通り行われた。選考にあたって、はじめに選考委員の安藤元雄氏より、詩歌文学館賞という賞の(詩部門における)性格をはっきりさせておいたほうがいいのではないかという提案があった。
 まず、新人賞ではないこと。またこれからもっと活躍されるだろう中堅の誌人たちへの奮起を促すような性格の賞は他にもあるので、この詩歌文学館賞は功労賞的な重みをもとめたい。たとえば高齢の方で、大きな成果であれば、その方にさしあげることにしてはどうかというお話だった。
 当日、最終的に選考に残り、論議の対象となった詩集は四冊。伊藤信吉『老世紀界隈で』(集英社)、新井豊美『切断と接続』(思潮社)、粒来哲蔵『島幻記』(書肆山田)、倉橋健一『異刻抄』(思潮社)である。
 虚構性の強い詩集や、「私」の身辺を述べたものなどそれぞれにタイプは異なるが、どの一冊も書き手の充溢を思わせる。
 ただ、『島幻記』はさきごろ別の賞を受賞されたということで、(惜しくも)あまり深く論議されなかった。また、緊迫したイメージと文体が印象的な『異刻抄』は、前半の勢いに比べると、後半がやや弱いように感じられた。
『老世紀界隈で』と『切断と接続』の二冊をめぐっての長い話し合いとなり、どちらかに判断することは難しく、最後までその状態が続いた。
『切断と接続』は、季節と生命のめぐりのテーマのもとに、終わりは始まりであるという大きなうねりを持つ詩集である。書き手自身の、ひいては他者への励ましに満ちている。感情は理性や知性を通して語られ、独特の品格とそぼくな温かみを保って、詩篇にゆるみがない。
 以前の詩集にあった色艶がやや欠けているのではという指摘もあったが、色艶や官能性は理知の衣の下に息づいていると思う。
『老世紀界隈で』はユーモアや洒落っ気のある詩集である。詩を書く者として、大切な要素である今この時代を呼吸しているという敏活さが損なわれていない。
 制度や風俗への批評眼もきいているが、切れ味の鋭い辛辣なそれとは少々趣きを異にしていて、深刻ぶらずに、老人介護保険料のことや消費税、盗聴法、携帯電話など、お題はなんであれ、たちどころにして詩にしてしまうような芸を感じさせられる。
「徒競走一景」や「盗用メロディー」などの詩のさらりとした感傷も忘れがたい。
 聞いたとたん伊藤信吉の歌だと明瞭であると飯島耕一氏は言われたが、全体に軽妙で、無駄がなく、骨だけが残っている。かつては闘った骨だろうが、すでにある方向だけを示していて過剰にならず、よく生きぬいた人の確かな響きがある。
 話し合いの結果、九十五歳で詩の前線に立つ伊藤信吉氏の新詩集に決定した。