宮坂静生「大愛の宙」

著者 宮坂静生
タイトル 大愛の宙
出版年月/出版社 受賞回[年] 26回[2011年]
分野 俳句 分類 選評

  最終選考に残された候補作品はさすがに独自の世界が屹立していた。
  その中で、『群生海』を選考委員三人が最終的に一致して推したのは、作品の完成度が高いことであった。完成度とはなにか。無心の世界が捉えられていることだ。思わずことばを失った果てに生まれる宙は日常次元のさらに奥の世界。
    夏の月人もをらずに上りをり
  夏の月が出ている。月が新たなことばを齎したのである。人がおればことばは日常次元に留まったはず。ところが、夏の月だけが存在する完結した不思議な世界を捉え、感動という稀な体験こそが作品を生む核であることを改めて気付かせてくれる。
    どの村も木枯やんで大月夜
    白山を大廻りして小鳥来る
    青空のどこも深くて年つまる
  俳句のことばは私意を伝達するものではない。いくぶん飛躍したいい方をするならば、宇宙から齎されたものがことばを担ってくる。それを誤りなく捉える心を表現者はつねに温めていなければならない。木枯の後の大月夜も白山廻りの小鳥も大晦日の青空も自然の光景がことばを連れて作者に訪れたのである。
    凍る夜の星晨めぐる音すなり
  出色の句である。名句「虫の夜の星空に浮く地球かな」(『夏の峠』)以後の宇宙詠の極北の作であるが、今句集にはこのような宇宙の根源を詠った句は少ない。
  かつて『宗教の授業』(法蔵館)で「日本人の自然観」を親鸞の「自然じねん」(自然とは根源的なものが現にあらわれているということ)を介して説かれたいい方をりるならば、日常の自然と思われる身近なところに根源を捉えた句が多い。どの句も相貌が優しい。私はそこに浄土真宗の宗教者であり、フィヒテ学の哲学者としての、八一歳の半生の果てに到達された人間大峯あきらの大愛の心を見る。
    花の日も西に廻りしかと思ふ
    門一つつぶれさうなる暮春かな
    さまざまの物の中なる日向水
    紋付の人また通る狸罠
    そのかみの隠郡なばりのこおり田水沸く
    御七夜の吉野は寒くなるばかり
    種芋や室生の家のよき日向
  夕影が射してきた花、やっと保っている暮春の門、農家の納屋先の日向水、狸罠に掛りそうな村人、隠(名張)も吉野も室生も古来懐かしき鄙の地。どれもなんと優しいことか。
  最短詩型十七音字が詠える最良の詩想は「優しさ」であろう。優しさはヒューマニズムを超えた自然の根源に宿る。どこか、鄙の地霊を喚び出し、時空を超え交歓する趣き。
 『暮らしの哲学』(毎日新聞社)を提唱した女性哲学者池田晶子さんが癌により四六年六ヵ月の命を終えたのが、二〇〇七年二月二三日。親交篤い大峯さんの彼女への追悼句は最高に優しい。大きな宙への愛が滲む。
    今朝引きし鶴にまじりて行きたるか