岡田日郎「風土に立脚したよろしさ」

著者 岡田日郎
タイトル 風土に立脚したよろしさ
出版年月/出版社 受賞回[年] 22回[2007年]
分野 俳句 分類 選評

  本句集『平心』は著者八十歳代を迎えた平成十五年から同十七年まで、三年間の諸作である。著者は昭和二十六年から一貫して山口青邨門を通し同五十三年には東北地方俳人の一拠点として「樹氷」を創刊主宰し今日に至った。
  本句集は著者の居住地の岩手並びに秋田、青森のみちのく奥三県の諸作が主流であるが、これは句集編さんに当り、あえてそうされたのかもしれない。また、それが大変よかったようにも思われる。要するに東北の風土に立脚した諸作群が中心であり、風土に立脚したよろしさといっていい。
    南部富士裾まで晴れて羊刈る
 「羊刈る」が季題であり、近年の歳時記には「羊の毛刈る」として掲載されるようになった。「南部富士」すなわち岩手山の山麓の牧場の様子。陽春の候、牧場では羊専用の剪毛舎があって、電気バリカンで一頭ずつ毛刈りをする。印象明瞭にいきいきと表現された作である。
    草のごと風にうねりて冷害田
  やませによる東北地方の「冷害田」は年により古くからあった。秋風の立つころ、ただ青々として全く実入りしない田に私も接したことがあり、その凄惨な趣に驚いたことがある。まさしく「草のごと風にうねりて」であった。事実に即して気負のない表現のよさといっていい。
    こんもりと罠の兎へ雪積める
  兎罠にとらえられて絶命した兎のむくろの上に「雪積める」である。「こんもりと」とはただその様子を描写したばかりではなく、絶命した「兎」への挽歌の思いが込められた表現になっているといっていい。
    落石のなほも氷湖を走りけり
  全面凍結したのが「氷湖」。その「氷湖」の一角に崖崩れが発生し、「落石」が氷上を勢いよく「走り」続ける様子。実際にその現象に即してこそこうした作は生まれる。机上の捏造からは決して生まれることはない。
    雪渓の瘦せたるところ塔婆立つ
  この作の前に「先頭は塔婆かつぎて登山隊」の作があり「登山隊」とあることにより遭難者の遺族というよりは登山装備に身をかためた同じ山仲間のように思われる。私は各地の山へ登っているのでこうした慰霊の人たちに何度も遭遇してきた。花束をかかえて訪れる遺族や山仲間たちの姿に接することは多く、中には分骨に来たグループの人たちに接したこともある。が、「塔婆かつぎて」の人たちは見たことはない。また「塔婆立つ」ところは故人の遭難現場ではないだろうか。この行為がなんともみちのくの人たちの祈りを彷彿とさせる。
  以上、集中の五句について小感を記した。いずれも気負いなく事実に即し淡々とした表現であるといっていい。しかも東北の風土に立脚してなんのてらいもはったりもない。が、十二分に東北の風土が現前してくるところがなんともいい。
  風土及び風土性を尊重するのは俳句表現の原点である。原点に立脚した作はいつまでたっても色褪せることはない。