廣瀬直人「卒寿のかたち」

著者 廣瀬直人
タイトル 卒寿のかたち
出版年月/出版社 受賞回[年] 20回[2005年]
分野 俳句 分類 選評

  今年度の受賞は、選考三委員の一致した意見で、林翔氏の『光年』に決定した。氏は大正三年生まれ、九十一歳である。本集の後記にも、
「私は満九十歳になった。丁度よい節目だとも思うし(後略)」というさりげない一文がある。九十という区切りのよい数であるとはいえ、それを「丁度よい節目」とさらりと言ってのける心境の在り処に思わず心引き緊まるものを覚えた。そんな感動を覚えながら冒頭を繙くと、
 光年の中の瞬の身初日燃ゆ
 この一句が否も応もなく鮮やかな姿で飛び込んできた。私は、林氏の年齢に達するまでには、これから十数年生きていかねばならないが、人の生など果てしない時間や空間の中では、この句のとおりほんの「瞬の身」に過ぎないという知識は持っていながら、現実に言葉として表現された作品に接すると、その歳月の遥けさにあらためて実感が湧く。
 ところで、この一集が、読み進んでいく私の心に重い存在感を持たせてくれたのは、氏の生涯の盟友として苦も楽も頒ち合ってきたであろう能村登四郎との永別を主題にした諸作である。
 能村氏が主宰誌「沖」を創刊したのは昭和四十五年である。師秋桜子の「馬酔木」の衛星誌としての役割を果たしながら充実していった支柱のひとつには、編集担当として参加した林氏の力があったと思う。その能村氏の死は平成十三年である。「五月二十四日、能村登四郎氏逝去」と前書きのある二〇句に及ぶ作の中から抄出する。
 交友七十年遂に君逝く青葉雨
 走り梅雨君を黄泉路へ急がせし
 迅雷に裂かれし絆何とせむ
 端居せる君の長脛見しことも
 「七十年」という親交の歳月。しかもそれが共に俳句一筋の生涯であることを思うとその重みは計りしれない。日常のそれとない姿を思い出しつつ、いつまでもこのつながりのままでいたいと願う切なる心情の表出である。この能村氏との交情に見られる一途さは収録句の中の随所に読みとれる〝白〟色の感受に見られる。
 白百合や黄金の蕊のありてこそ
 その上の雲より白く山法師
 紺青がつひに白吐く春の波
 純白の粧ひは何時子白鳥
 一集の基調とも言っていい数の中から抄出した諸作である。わけても第三句、果てしなく広く、休みなく打ち寄せる「紺青」の中から吐き出される「春の波」の白さは心象表現としてまことに鮮明というほかはない。
 こうして「白」に注がれる林氏の視線はそのまま卒寿の日常に深く関わっていく。
 ふと触れて脈あり秋を生きてをり
 和紙といふ真白きものよ冬用意
 集の終りに近い作品の中から引いた二作である。表現の曲折など一切を抜けきった内面の表出は弛むことのない修練の歳月を物語っている。