飯島晴子「粋に、モダンに、したたかに、」

著者 飯島晴子
タイトル 粋に、モダンに、したたかに、
出版年月/出版社 受賞回[年] 14回[1999年]
分野 俳句 分類 選評

  俳句部門は、草間時彦句集『盆点前』の受賞が決まった。盆点前ぼんてまえとは、盆に茶入れや茶碗をのせて行う最も簡略な薄茶点前である。
  草間時彦は、水原秋桜子と石田波郷の薫陶を受けたから出自は俳諧に遠いのであるが、歳月をかけて、『盆点前』では見事に現代の俳諧師に変身している。
    虔しく牡丹落葉の始まりし
    盆点前庭面いよいよ茂りたる

        東吉野村
    石鼎の村の大きな露の玉

        西安
    羊焼く煙の中の今日の月
  これらの句は俳諧へは片寄らず、中道を行く格調ある作品である。上質の美意識は『盆点前』全編に陰に陽に行き届いているが、次の句などにその質がうかがえる。

        南予
    不器男忌の過ぎし野山の初桜
    そのたびに酔深くなる流れ星

        東吉野村
    月白もなく上りけり後の月
  東京生まれ東京人の草間時彦であるが、先祖は代々京都所司代の与力であったと聞く。

        東寺
    売つてゐるみやここしまき初大師

        十二月二十一日  京都東寺
    あんのじやうしまい弘法しぐれけり
    鞍馬まで個人タクシー山椒の芽

        京都
    川風の植物園の初ざくら
  京都の名所旧跡有名行事の句は先例多いが、京都の市井の雰囲気を詠んだ句は案外少い。掲句などには普通の京都がよく出ている。
    道ばたや百日草のよごれざま

        大磯
    とら饅頭西行饅頭庵長閑
    更衣ついでに寝巻替へにけり
    半分は捨てるつもりの夏大根
  以上のような時空は、俳句によってでなければ釣り上げられない妙味がある。草間時彦はしたたかに俳諧師である。
    着るものにうるさい親父つりしのぶ
  三十余年前に亡くなった父、草間時光がこの句の親父かと思う。草間時光も俳人で、自由豪放に生きた人らしい。かって、「父ほどの放蕩出来ず柚子の花」と詠まれた父である。さんざん父の行状の後始末をさせられても、男同士の親愛、共感、羨望などがあるのだろう。この父が草間時彦の人間形成に影響しなかったはずはない。句集に『盆点前』などという渋い名前をつけるメンタリティーにも、ふっと父親の影を見てしまうのである。
    東京に春の雪降る焼リンゴ
    よきことは遠くにありてすみれ籠
    しまあじをサラダ仕立や夜の秋
    旅人にオールドジヤズの霧月夜
  懐かしいモダンの風味が現代に上手に添えられて、瀟洒な句になっている。焼リンゴやすみれ籠は絶妙に坐っている。
  尚、審査員三人一致して、老いの嘆きの句が目立ちすぎるという批判はあった。