飯田龍太「若々しい詩情」

著者 飯田龍太
タイトル 若々しい詩情
出版年月/出版社 受賞回[年] 1回[1986年]
分野 俳句 分類 選評

  昨年度刊行された多数の句集のなかから、アンケートによって推薦された作品集を含め、検討された結果、四俳人の四句集にしぼられた。
  さらに十分審議された上で、三委員一致して第一回の受賞は平畑静塔氏の句集『矢素やしろ』を推すことにした。
  もともと平畑静塔氏は、身構のない旺盛な好奇心を持ったひとで、他に類型を求めない自在な作句姿勢に独特の風味があるが、句集『矢素』は、氏が永年住み馴れた関西の地を離れ、栃木に居を定めたことによって、持前の飄々たる俳諧味に、次第に土俗的な風土感を加えたところに大きな特色があろうかと思う。
  生得持ちつづけた好奇心は、住みついた新しい風土にうい々しい眼をそそぐことによって、年齢を感じさせない詩情の若々しさとしてげんじている。総じて作品は軽妙であるが、軽薄ではない。十分に濾過した重みを秘めているためである。観照は異色であるが、奇手の甘えはない。永年にわたって錬えた俳趣、わけても季語の用法に細心の配意がなされているためであろう。
  以上、『矢素』は、十分翫味にあたいする好句集と思うが、審査に当って、三委員があらかじめ念頭にしたことは、今回は記念すべき第一回の受賞であるから、著者の過去の実績も加味したい、ということであった。
  この点もまた、平畑氏は十全の資格者といえる。わけても氏の論評は、たとえば「俳人格」のような卓抜な評論によって俳句に見事に照明を与える一方、いついかなる場合も、歯に衣を着せない直情の言を発して、ひろく俳壇のおりをぬぐって来たように思われる。かつまた、その文体には、独特の風格がある。
  以上、第一回の受賞者として平畑氏を得たことは、俳壇のためにもまことによろこばしいことと思われるが、念のため、氏の足跡の概要を記すと、次の通り。(『現代俳句辞典』より抄出)
  明治三十八年七月五日、和歌山県和歌浦に生まれる。本名富次郎。和歌山中学、三高を経て京都大学医学部卒。精神科専攻・医学博士。戦後、大阪女子医専教授、のち関西各地の病院長を勤め、昭和三十六年より宇都宮に移り、現在、宇都宮病院長。
  俳句は、大正末年三高俳句会に入り、「ホトトギス」「京鹿子」「馬酔木」等に出句。昭和八年、藤後左右、井上白文地、長谷川素逝等と「京大俳句」創刊。「京大俳句」が新興俳句運動の中心的存在になるに及んで同十五年、いわゆる京大俳句事件により検挙され、刑二年(執行猶予三年)。十九年応召、中支で終戦。二十三年、山口誓子を擁して、三鬼、不死男、多佳子らと「天狼」創刊。句集『月下の俘虜』『旅鶴』『栃木集』『壺国』等。評論集『俳人格』『狩猟論』その他。第五回蛇笏賞、栃木文化功労賞受賞。