齋藤史『秋天瑠璃』(1993年9月/不識書院)

著者 齋藤 史
タイトル 秋天瑠璃
出版年月/出版社 1993年9月/不識書院 受賞回[年] 9回[1994年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九〇九年二月一四日、東京生れ。「原型」主宰。日本歌人クラブ、現代歌人協会、日本芸術院会員。第一一回迢空賞、第三七回読売文学賞、第四回牧水賞受賞。歌集『ひたくれなゐ』『渉りかゆかむ』他。

[受賞のことば]
一粒の命が宿った
  今回の歌集に、思いがけない賞をいただきまして身にあまる事でございます。長く短歌を書いて参りましただけの私が、このようなしあわせに会うとは何という幸運かと存じます。若い頃は、多くの先輩方に出逢い、また諸作家との御つきあいを得まして多くのものを戴くことが出来ました。その背後には、日本の言葉の伝統の厚さがございます。それらの上に生きさせていただきました一粒の命、私自身と言えるものは、いかほどでもないことを恥ずかしく思って居ります。ありがとうございました。

  
[作品抄出]

托卵は青葉しげれる葦切の巣を狙ひつつたくらまれたり

この森に弾痕のある樹あらずや記憶の茂み暗みつつあり

転生の緋芥子群落  血塗られて折れ易かりしかの若者ら

氷彫刻人に見らるる白鳥は長き首より溶けはじめたり

中国の龍文・韓国の鳳凰文  眼するどきを王者はよみ

夏山河の果の古陶の青磁いろ  高麗の土器みな翳りたり

人声のやさし  小雨の街に聞くたとへば甘露したたる(媽々まあま

芹の粥ぎんなんの粥みなよろし  さらさらと薄雪の正月

山の鳥は人に媚びざるすずしさに食ふべきは食ひはや去りにけり

死のときはジラフも首を落すべし掲げし旗を降すがごとく

霧隠れ・猿飛などいひし男棲み終焉をはり伝へず  やまぐに此処は

あはあはとうすき時間のあることをよろこびとして草木のなか

むずと閉ぢし春秋  文弱の徒よりも重し山の大樹は

断崖にあなうら寒き身の末の女郎花をみなへし男郎花をとこへしあやめ狩り来て

血紅の木の実踏まれて惨たれば血塗られし昭和また終るべし

老いたりとて女は女  夏すだれ  そよろと風のごとく訪ひませ

魂魄の薄れし冬の夜をこめて雪昏昏と睡りに沈む

支柱して立たすをがたまの苗一本  魂衰ふる齢に生きて

樹の瘤を伐りて磨きて撫でさする昭和遺恨と言ひたるひとり

伏流の水ゆるやかにとどくらし四辺透明にゆらぎて目覚む

前世後世ただ茫々とあるなれば溶けぬうち召しあがれ抹茶入り氷菓

〝明治の御生れです〟と紹介し若人は我を切り放したり

厚手民器に流るるあをき釉薬の百年を滴る何のかなしみ

焼き捨てし〈皇国神話〉の灰なども混りてあるかながく燻れり

月光は遊びて居りぬ妖怪モンスターとなりし樹氷林を見おろしながら

疲労つもりて引出ししヘルペスなりといふ八十年生きれば  そりやぁあなた

鶏共がはしやぎてしやべる〝お天気が好くておばあちやんが庭に来た  来た〟

膝の上に乗り来ておねだりをするときに鶏の足裏の肉あたたかし

老いてなほえんとよぶべきものありや  花は始めも終りもよろし

暮れてのち炎やうやく遊ぶなり白昼まひるあからさまをいとひて野火は

けろりと軽く生きて居りたしそのさまのそろそろ似合ふ頃ではないか

友等の刑死われの老死のあひ埋めてあはれ幾春の花散りにけり

曼珠沙華葉を纏ふなく朽ちはてぬ  咲くとはいのち曝しきること

ひらかれし鮭の片身に雪降れりあなうつくしき埋葬のさま

思ひ草繁きが中の忘れ草  いづれむかしと呼ばれゆくべし

(掲載作選出=武川忠一)