佐佐木幸綱『金色の獅子』(1989年12月/雁書館)

著者 佐佐木幸綱
タイトル 金色の獅子
出版年月/出版社 1989年12月/雁書館 受賞回[年] 5回[1990年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九三八年一〇月八日、東京生れ。早大文学部卒。早大教授、現代歌人協会理事。『群黎』で第一五回現代歌人協会賞。『直立せよ、一行の詩』他。

[受賞のことば]
  九年間、歌集がなく、十年ぶりの歌集だったので、気分として、第一歌集刊行時のような、世に問う緊張感を味わいました。それだけに、今度の歌集が賞の対象に選ばれたことはたいへん嬉しい。ありがとうございました。
  平和な時代の男、長寿の時代の中年という、どこか間の抜けた役割を生きる者が、子供の世代にどう見えるか。かつて、戦争の時代の男として父を見た幼年時の記憶、五十歳で没した父の思い出を鮮明にしている昨今です。

  
[作品抄出]

梅雨の夜の二夜つづけて兵われが夢の中にて人間を撃つ

子の熱も下がりたるらし、靡き寝る三人、五月の月光の下

父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色こんじきの獅子とうつれよ

炎天下の家族それぞれの影を連れなかんずく父に濃き父の影

めぐりつつ降り行く先は遠白く不思議なる名の神通川ぞ

絵本のなかに獅子はもねむり子はねむりその子の母もねむりけらしも

子が叩く木琴の音、水色の午後に金色の爪を立てたり

南より来たれる猿の親と子と吾ら親子と濡れて向き合う

ここよりは二岐わかれして行く川の水にうつれる黄の朝の雲

遺されし如くにわれら吾と子と小暗き空に凧あげている

肩車して多摩川の瀬を渡る春の父と子否祖父と父

夕星ゆうづつ夕男ゆうべおとこのわれはまた手を振れり、人と別れんとして

打ち乱れ打ち乱れつつかにかくにわがたてまつる白菊の花

あばれ独楽ぐいぐいと立ち澄み行けり聖なる時と子は見つめ居り

飛ぶ雁の列は乱れてけだしくもすべて崩るる予感きざすも

桃の実の小さき五月十九日われに二人目のの子来たりぬ

きらめきて子供の声が突き刺さる秋夕空の赤く垂れたり

男とはなどと言いつつ逆様さかさまに幼なぶらさげて楽しんでいる

サッカーに激しかりしに月光の下のか細き少年となる

絵本の王子鋭く瘦せて旅行けり荒野に立てる虹をくぐりて

青竹を鋸に挽き居たるわれ子に呼ばれつつ鋭どかりしか

追悼の悔しき手紙ポストまではつ秋の水跳び越して行く

弓なりの心と身体ギタリストの夢にさやげる萩の重たさ

苦しみて書きし一夜も過ぎけらし大葮切が来啼きとよもす

一輪とよぶべく立てる鶴にして夕闇の中に莟のごとし

沈黙の鶴を包みてじっと居るたまかぎる夕靄のゆうもあ

たましいの水脈みおに浮かべる白きもの昔の人は辞世を詠みき

          五月十四日(土)頼綱へ。
のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」、そうだ、どんどんのぼれ

          五月二十一日(土)長崎へ。長崎空港で竹山広、一瀬理氏と逢う。
海見ゆる空港食堂に飲むビール旅の心はまだまっ白で

ワープロに打てどはかなし七月の雨降る夜の「螢」という字

(掲載作選出=岡野弘彦)