玉井清弘『屋嶋』(2013年9月/角川書店)

著者 玉井清弘
タイトル 屋嶋
出版年月/出版社 2013年9月/角川書店 受賞回[年] 29回[2014年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九四〇年愛媛県生まれ。現在香川県高松市在住。学生時代一人で作歌をはじめ、「まひる野」を経て、一九八二年武川忠一先生を中心に「音」を創刊。現在「音」選者。歌集『久露』など八歌集。エッセイ集『時計回りの遊行 歌人のゆく四国遍路』など。

[受賞のことば]
  歌集『屋嶋』をとりあげていただいた選考委員の皆様ありがとうございました。退職後始めた四国八十八か所の歩き遍路の旅は現在三度目の途中となっています。この間、四国の風土とのふれあい、在住の方々との交流によって、私の四国に対する意識は徐々に変化をとげました。ゆったりとした時間の流れ、そこに住みつく人の優しさは四国を考えるきっかけとなりました。現在住む屋島の地、この地を大切にする人々とも接する機会が多くなり、心開かれる思いがする昨今です。その時期の作を収めた歌集の受賞をうれしく受け止めています。

 
[作品抄出]

春の雨こおろこおろと降り来れば石蕗の薹たけてしまいぬ

木のにおい貰いだんだん川の香をもらいだんだんふるさとの伊予

風鈴のときはやくすぎ妻めとるおのこご二人ちりと鳴りたり

一夜さにすすき呆けてみみずくの家族うからうたげす月のぼりたり

またどっと派遣労働者切りすてぬはないちもんめ歌いつつ来て

あの匂い何かと遍路に問われたり四国をつつむ摩訶まかなる匂い

紀元二千六百年わが生まれ年刻める石の雨にしずくす

屋嶋城やしまのきあたりに鳴きしほととぎすむこうの谷に声しぼり鳴く

白村江に敗れしのちに築く城半ばくずれて石組あらわ

青垣の山ごもりたる伊予の野を引き締めにつつ霜降るころか

雪よりもさらに白き身薄くそぐかぶらは柚子の酢をまといゆく

老いの首石に括りて沈めてんげり  源三位頼政白髪のかしら

満ちゆかん月の力を身に負いて細る藻蟹の甲羅をはがす

手長とはこの世を少しはみだせるものにしあらん手長蛸食う

歩かねば至らぬ土地のみありし日の日本に吹きけん風なつかしむ

記憶するもっとも古きはと問われたり  いで征く兵に旗を振りし日

そうだったのかそうだったのかおどろきてその源の夢忘れ果つ

新しき年来たりなばの楽観をふふっと笑い椿落ちたり

はこがまえかくしがまえを潜め持つこの世の大地  淡雪の降る

逆まわりの遍路はやれる閏年必ず迷うを人は喜ぶ

ほとけのざたねつけばなは二毛作なさぬ田の面をおおいつくしぬ

霧ふかくまとう島山繭やぶりほあんとこの世に復活したし

猪の鼻鋤おこす土のあと踏めばやわらかく沈みゆきたり

二歳なる誕生記念に書く絵とぞくらげただようクレヨンの線

日本の風土かもせる味噌蔵のような時間を体よろこぶ

羽のような水かきのような命のようなものをまといて人は近づく

猫じゃらし持ちたる童子背後より近づく気配おどろきやらん

ほんとうの我などついになきことにようよう気づく齢となりぬ

竹串に掘りとる野蒜ふるさとに祀らるるなき戦死者の骨

生きし世の何の序列に並ばんか死後整列の号令あらば

(掲載作選出・花山多佳子)