雨宮雅子『水の花』(2012年5月/角川書店)

著者 雨宮雅子
タイトル 水の花
出版年月/出版社 2012年5月/角川書店 受賞回[年] 28回[2013年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九二九年東京生まれ。学生時代川上小夜子先生に師事。「林間」「地中海」を経て現在「雅歌」主宰。NHK友の会選者。日本文藝家協会、現代歌人協会会員。歌集『鶴の夜明けぬ』(短歌公論処女歌集賞)『昼顔の譜』(日本歌人クラブ賞)など十歌集。評論『齋藤史論』(平林たい子文学賞)など。

[受賞のことば]
  若い日に師事した川上小夜子先生の急逝と、私自身の病気や一身上の転変のため十余年も短歌から離れ、復帰した時は四十代になっておりました。夫の竹田善四郎と共にエッセイと短歌の個人誌を発刊したのが再出発でした。以来結社とのご緑も薄く、現在は「雅歌」という小さい会をまとめて居ります。常に先人の作品を読み、学ぶことで短歌は独学でもできると信じて参りました。そのような私が伝統ある賞をいただけますのは望外の喜びでございます。選者の方々、文学館の皆様にも心からの御礼を申し上げます。

 
[作品抄出]

曲るホームに沿ひて列車の止まれるは体感のやうにさびしかる景

宗教の必然あらぬにつぽんのやはらかき土わけて草萌ゆ

信仰の掟解かれて歩み出づ花だいこんの揺れてゐる野へ

信仰に苦しみたりし歳月のはてしづかなる雨の日のあり

枇杷の花散りゐるところよぎりきて廃鶏に似しよはひ晒さる

厨房の水に蜆を飼ひおきて八十八夜の月を見に出づ

へだたれること心得て人生のうす闇に坐す夏のうすやみ

へだたれどきみの在ること陽の当る土地のごとくに思ひ出でつも

炎天はまがなしきかな苦しみて白きじやなどになりてゆくべく

曼珠沙華赫きなだりに晩節の情念のごと雨ふりそそぐ

きさらぎはひかりの檻のやうなればしどろもどろとなる寡婦われは

曇天に木々の緑葉なまぐさしあらあらと風ひきよせながら

ほめきたつ炎天下来て骨拾ふならず日傘の骨畳みをり

立て直し立て直し来しこころゆゑ遺愛のやうに思ふことあり

ガングリオンといふ関節のくりくりをもちつつがなしをかしガングリオン

酷暑なる独居みづからを守るのみ茄子の紫紺を固くしぼりて

無花果のむらさき実る  神々の失せて久しき地上の秋に

しづかにはげしく「時」は流るる  苑のなか二脚の椅子の対きあふところ

原発と並べ原爆と書きてみつかの日の惨を知れる者ゆゑ

放射能との長きいくさになるならむいくたびを春迎ふるならむ

黙示録のごとき世界に首垂れてゐるほかはなし考ふるため

放射能蓄積せるまで生きざらむ身はきてこの国を考ふ

二尾の魚提げてのぼれる坂の上緑蔭は地にしたたるごとし

沢瀉おもだかは夏の水面の白き花  孤独死をなぜ人はあはれむ

少しづつ土に還らむこころざし紅葉もみぢを踏めばくれなゐ滲む

紅葉も過ぎたるのちの冬日和ひかりひかりの街衢を歩む

ひひらぎの枝を賜へばひひらぎのひひらぐ葉より花の香が立つ

とめどなく横へとれてゆくこころ晩節を少しよごしてみたき

トーストの焼きのほどよきあしたにて東京に薄くみぞれ降りしと

譲るべきよはひとなりてゆづりはの茎のくれなゐ冴え冴えと  冬

(掲載作選出・柏崎驍二)