清水房雄『已哉微吟』(2007年3月/角川書店)

著者 清水房雄
タイトル 已哉微吟
出版年月/出版社 2007年3月/角川書店 受賞回[年] 23回[2008年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九一五年千葉県生まれ。東京文理科大学漢文学科卒業。教職歴五十四年。在学中五味保義の指導を経て「アララギ」入会、土屋文明に師事。歌集『一去集』より『已哉微吟』まで十三集の外、『鑑賞・長塚節の秀歌』『子規漢詩の周辺』『斎藤茂吉と土屋文明』等の著あり。

[受賞のことば]
  私は最初から、歌をやるつもりも無かったし、それに、初めて文明先生にお目にかかって「アララギ」入会の事を申しあげた時に、「君は歌をやる人間じゃないな。やめて、まじめに学問をしろ」と諭されもしている。それが、何処をどう間違ったのか、人に引っ張られるままに歌を続けて七十余年を経て了った。今般のこの栄ある受賞も、何か気がとがめる次第だが、それにしても、斯様な老耄者の衰乏吟をわざわざ推薦して下さった選考委員の皆様には、何ともお礼の申しあげようも無い思いです。本当に有り難うございました。

 
[作品抄出]

漢文訓読を新仮名でやる莫迦が居る敗戦後遺症の一例かこれも

遺伝子組み換へ短歌でも作らうかなどなど話は止めど無きまで

戦争の記憶は今もまざまざと死にぞこなひのわれ九十歳

街頭ライブとやらに立ちどまる下手と度胸に感心もして

紅茶珈琲区別もつかぬ少年期ありとし言はば笑はむか人は

最も大事なことは言はずに終るべし吾とてもまた例外でなく

その後にして平和の来るといふ最終戦争何時とし待たむ

十二月八日ぞ今日は彼のあした身ぶるひしたりし二十六歳

もしもあの時といふ事それすらに六十何年か過去となりたる

親孝行といふ語彙があり何時となく遠き遠き世のひびきを帯びて

何もさせず呆けしむる仕組みの怖ろしさ施設逃げ出でし老の語れる

切れ味が鈍くなつては是非もなし爪切ひとつの事といへども

謂はれなく攻め来る者も無しとせず日本軍嘗ての侵攻思へば

軍のことも知る人やうやく稀となる悪しき面のみ強調されて

つぎつぎに読みあさる昭和史は戦争史あの戦争は何なりしかと

古典的詠風にあくがれ来しものを何時知らずこの平談俗語調

女色にも金にも縁なき有りやうのいさぎよしなどと思ふものか誰も

勝利者が敗者をさばく裁判劇だまつて見てゐし吾等は敗者

間接統治といへる事の意味などもどれだけ実感したりしや彼の時

親の事などかまつて居れぬといふ思ひよく判るあの日の吾が思ひなり

特攻隊も全共闘も一緒くた何を説くのか此の「昭和史」は

誰がすすんで戦場などに行くものか一つしか無い命をすてて

ああいふ顔うちではせぬと言ふ電話襖へだてて聞きゐたるのみ

頭の中が真つ白などいふ言ひぐさも何時のころ誰の始めしものか

政治軍事史としての昭和史を読みつぎて漸く経済史に及ばむとする

勝利者の書きし歴史を歴史として在り経つるのみ古ヘより今に

長生きをしすぎる父と思ふのか子等の電話のその口ぶりは

何時死んでもをかしくない年齢になりたりと今日別々の手紙に書きぬ

戦争以外どんな方策があつたのか暫し考へて考へやめぬ

人類は滅びるものと吾も思ふいづれ殺し合ひの挙句のはてに

(掲載作選出・大島史洋)