宮英子『西域更紗』(2004年12月/柊書房)

著者 宮 英子
タイトル 西域更紗
出版年月/出版社 2004年12月/柊書房 受賞回[年] 20回[2005年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九一七年二月二三日富山生まれ。三七年北原白秋主宰「多磨」に入会。宮柊二出征中、軍事郵便にて短歌指導を受ける。四二年柊二帰還、結婚。五七年「多磨」終刊にて翌年三月柊二編集「コスモス」創刊。八六年柊二死去、爾後「コスモス」編集発行人。二〇〇〇年『南欧の若夏』で短歌研究賞を受賞。

[受賞のことば]
  今年満八十八歳の老耄米寿となりました。白秋主宰の「多磨」への入会は二十歳。先生逝去後「多磨」解散により宮柊二創刊の「コスモス」にて、ひたすら余所見をせず、一筋の道を歩きつづけました。目かくしされた馬のように、世間知らずで「多磨・コスモス」の世界だけしか知らぬ、歌壇のつきあいにもうとい有様でした。柊二死後二十年、現在
「コスモス」発行人とは言うものの、昔と大差はありません。このような私に、あこがれの、「詩歌文学館賞」を授与されるなど、全く夢のように思います。

  
[作品抄出]

たちまじり潮の目の見ゆ太平洋東シナ海ふた分けにして

雁木みちに行きあへるひと白烏賊のやはら生干し素手に提げたり

夜半の雪音なく降りてしろたへに箔置く見れば古代のごとし

昆布海ぞぞ髪逆立つさまに揺れもつれひしめく海底の修羅

捨て植ゑのほほづきの実の羅の筋を草がくり見て朝々の冷え

樹の枯るるは家の衰兆と言はれたり沙羅一樹枯れアカンサス衰ふ

月かげを手籠に入れてあゆみ来つ影ともなへばゆるりとひとり

はたらかぬ手の甲に浮く青き筋しばらく眺めその手さし伸ぶ

よろこびも悲しみも過去は輝けりかけがへのなき一人の死すら

庭すみの雑草まじり抜きいでてあやめぐさ五寸ほどのむらさき

ボールペンと言へどあらたに一本を書きおろすとき素直なよろこび

二十世紀に人攫ひとさらひあり山椒太夫ありき運命さだめといへど遭ひたるあはれ

雨音の定形リズムを耳にして眠らむこよなき恵みの雨よ

見たいもの行きたいところ欲しい服何もいらなくなつてしまつた

バグダッド陥落すべし、したりといふ。空走る閃光また誰か死ぬ

寂しさを餌食に生くと言へるなり洒落た科白に惹かれてたまるか

たづさへてともにありたる先達の二人亡く三人欠け言はむかたなし

寂しくて華やぐ桐の筒ばなのうらむらさきに夏はきたりぬ

ももいろの布靴かかへひとり遊ぶ歩きはじめてはだしの天使

闇空間へしきり噴きあげ水ばしらきらめき散れりきらら片々

懸命に冬薔薇咲けりあたらしき光の差せばくれなゐの婉

凍てし薔薇はなびらあかくひらきぐひらき遂げつつ散らむともせず

春ゆふべ地球に近付く金星のしづくしたたる藍夕空に

箒に乗つて一飛びに仏蘭西へ行かう悉皆しつかい迷ふな老いたる魔女よ

アフガンの青き湖辺うみべにオカリナを吹きくれし子よいづこに戦ふ

おだやかに春の日ながし待つことも向きあふ人もなくて暮れたり

冬薔薇ふゆさうびいちりん赤き机のうへ今年の陽ざしあたらしく差す

栃山に栃のはな咲くときにあふ風吹けばひと山揺れいづるまで

花道のかぶりつきにて見上ぐれば助六の脛のなんとも細し

ひとり住みて二十数年わがままもがんばりももうどうでもよろし

(掲載作選出・玉井清弘)