山埜井喜美枝『はらりさん』(2003年8月/砂子屋書房)

著者 山埜井喜美枝
タイトル はらりさん
出版年月/出版社 2003年8月/砂子屋書房 受賞回[年] 19回[2004年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  一九三〇年二月五日旅順市生まれ。敗戦により四七年引揚。五六年
「未来」に入会。六二年上京、七四年第一歌集『やぶれがさ』を上梓、同年九州に出来上った歌集とともに帰る。八一年「未来」退会。同人誌「飈」の発行人となる。歌集『六花』『火渡り』『歩神』など。

[受賞のことば]
  突然の受賞決定のお知らせに驚きが先立ち、申訳けないことですが
「間違いでした」と、次の電話があるのではと思ったほどでした。今ようやく、ゆっくりと喜びを味わって居ります。
 ありがとうございました。
 ただただ好きで続けて参りましただけで、今日まで無冠の私に、大きな冠をいただかせて下さいました選考委員の、お三人に心より御礼申上げます。
 ふるさとのない私に「ありがたきかな」と詠まれた山や「春と修羅」の世界に目見える機会を与えていただき感謝いたします。

 
[作品抄出]

鱗雲浮きてなだるる海坂のあをの生みたる関の秋鯖

天穹おほぞらにわがの綺羅を見せばやな早や見せばやと銀杏黄に照る

うべなうべな男のごとくかろがろとロ割るまいぞ  熟るる郁子の実

武力行使許さず  故に武力行使  降るあめりかの平和の論理

サングラスにかばふはわれの死後どなたか美しきものを見給へ

あしびきの山鳥の尾のしだりをの尾を曳く星のことも忘らる

降ちゆくかたちは見せずひと夜さに花は  はらりさん  一切合財

奥州の鬼婆が塚に九州の鬼婆が参ず鎮まれよ鬼

犬樟といはるるあはれ大き蔭作りて旅の者憩はしむ

もとの石に戻りたからむ花柘榴散りかかる下の崩えぼとけたち

残暑何するものぞとばかりに泣けり鈴虫  ひぐらし  ヒトのみどりご

一巻ひとまきの紺紙金泥うちひろげたる星合の空のひろさや

韓国産松茸しらぬひ筑紫産越ひかり初物七十五日

老いゆくはおとろふることあかねさす大夕焼の屋台崩しぞ

秋雨をふふみて匂ひたつ木霊旅ゆくものに何か言問ふ

本読みて旅の昂りなだめつつ眠りの神の足音を待つ

風の神霹靂はたた神はた罔象女みずはのめあらぶるなかれ瑞穂のあきを

男死にて名を食物くひもの遺したりサバラン、サンドイッチ、シャリアピン、空也

おぼろ銀の月が中天に来よといふ見下ろせば地が早やといざなふ

生みたがらぬ若者ら群れ死にたがらぬ老い人の殖ゆ虚空みつ大和

これの世をほつつきまはり遊離魂むらさきはななの道に行き暮る

種の保存なすと渡来の桃花鳥ニッポニア・ニッポンならぬを産む

隠れ蓑隠れ笠得て後の世もふたりのみなる旅ありきせむ

耳川は流れ神倭伊波礼毘古かむやまといはれびこも牧水もひむがしへ行きてかへらず

ここもかしこも男のゆめの跡どころ逢坂山に望む近江を

みほとけのたなごころに愛撫されたるかあした淡海あふみはだへ匂はし

天界もお正月にて賑賑し羽子板星に羽根参らせむ

間なく来る古来稀とふ年の端に身慎莫みじんまくして待つと伝へよ

ふふみたる新走りの香待ちがてに迎ふるのむど一管の笛

あかときの胸苦しさは夜遊びのたましひが今帰りたるらし

(掲載作選出・高野公彦)